浜岡に報いることだけが、田辺にとっての礼だ。全てが終わった後で、ありがうございました、と頭を下げれは良い。
田辺は一人呟く。
「約束は守りますよ、浜岡さん......」
平山、松谷、最後に野田がヘリに乗り込むと、プロペラが回転数をあげて機体が浮上し、充分な高度をとってから飛び立った。
それを見届けた浜岡は一同へ向き直る。
「......さて、それでは、我々は我々の戦いを始めるとしましょう」
踵を返して、署内へと歩き始めた浜岡は、すれ違い様に斎藤の肩を軽く叩いた。
「斎藤さん、頼りにしていますよ」
からかうように唇を曲げた斎藤が言う。
「田辺よりもか?」
「......それは、有り得ませんね。こちらにとって、彼はもっとも優秀な部下ですから」
そう真顔で返された斎藤は、なんとも不思議な顔つきでいる浜岡の背中を追いかけた。
「俺はお前の部下ではないからな!」
※※※ ※※※
黎明の時は訪れた。
一夜にして、九州地方は変わり果てた。皿倉山に墜落した旅客機、あれから、どれだけの命が犠牲になったのだろう。一万、十万、五十万、もしくは、それ以上かもしれない。
大切なものを失いながらも、または、大切なものを得るために、こうして生き延びている人間は、どれだけ残っているのか、そんなことを考えていた浩太は、首を横に振ってから晴天の空を仰いだ。出発の時刻は近づいている。聞こえてくる死者の伸吟は、いまはまだ遠く、まるで山彦にでもなったような気分だった。
中間のショッパーズモールを脱出する際に使用した軽車両、その運転席に座っていた達也がドアを閉める音で振り返った浩太が右手を挙げた。
「機嫌はどうだ?御機嫌か?」
「ああ、俺の体調はすこぶる良いな。煙草でもあれば、もっと良い」
「違う、車のだよ」
笑って返した浩太に、達也は僅かだけ眉を寄せ、分かりづらいと悪態をつく。
「......好調に決まってんだろ。ここで動かないとか、笑い話にもなんねえよ」
「みんなの様子は?」
「中で支度してる。浩太、新崎の件だけどよ、あいつに銃を持たせるのか?」
達也の憂慮は、浩太も抱えていることだった。
これから向かうのは、小倉方面ということになる。だとすれば、あの皿倉山へ近づかなければならない。出来るだけ、気分的にも避けたいところだが、どのルートを使おうとも、死者に囲まれたり、追われたりすれば、状況は一気に傾いてしまうだろう。そんなとき、阿里沙も言っていたが、一人でも武器を扱える人間がいれば、打破することもできる。