ぱっ、と額を見せた田辺は、腹から込み上げてくる熱いものを必死に堪え、ニコリ、と微笑む浜岡にしっかりと返す。
「......はい!」
九州地方感染事件が発覚した翌日に、田辺が出した退職願いを破り捨てた直後、浜岡は同様の問い掛けをした。その時は、分からないと答えた田辺だったが、今は、揺らがない心根を持っていると分かる力強い返答だった。
「良い返事だね。ただ、ちくりと釘を刺すとすれば、君は焦りすぎな面がある。そこを留意するんだよ」
田辺の苦笑を受け、浜岡は声に出して笑った。
そこで、隊長から現地行きを命じられた男が仏頂面で田辺に声を掛ける。
「平山だ、不本意だが、よろしくな」
男に続いて、若い青年が右手を差し出す。
「松谷です。よろしく田辺さん」
互いに握手を交わし、田辺が名乗った所で会議室の扉が開かれた。入ってきた、現職の警官であろう数人の男性達は机に大きく重量のある鞄を置いて、チャックを開く、中には、拳銃が数挺収められていた。
現地に向かう平山と松谷が手にとっていくが、眺めたままでいる田辺に、斎藤が訊く。
「田辺、使い方が分からないのか?」
田辺は首を振って、ポケットから取り出したカメラを顔の位置まで上げた。
「......僕の武器は、これですから」
それは、浜岡から預かったデジタルカメラだった。当然のように、渋面を崩さない斎藤が、なおも食い付こうと口を開く寸前に、田辺が言った。
「僕が記者になった理由は、理不尽に起こる事件を明るみにして、被害者の関係者に事実を伝えたいからです。その為には、必ず、映像が必要になります。斎藤さん、僕は記者なんですよ」
そこで、斎藤の肩を浜岡が掴み、思わず、斎藤は振り返ったが、それ以上は何も言わずに、黙って身を引いた。
「おい、そろそろ屋上に行くぞ!」
藤堂の一声が会議室に響き、全員が屋上に向かい、到着して扉を開けると、凄まじい風圧が田辺の顔面を叩いた。まるで、九州地方への出発を阻んでいるようにさえ思えたが、誰よりも先に一歩目を踏み出す。操縦士に軽く頭を下げ、ヘリに乗り込んだ田辺は、視線を落として浜岡を見ると、大声で言った。
「浜岡さん!僕にとっての最高と呼べる一枚を撮ってきます!必ず......必ずです!」
「ああ、楽しみにしているよ!だから、絶対に帰ってくるんだ!」
プロペラの煽られた浜岡の服が風を孕んで靡く。それが、まるで手を振っているように感じた。
田辺が持っているとデジタルカメラは、浜岡が会社や職場を取り払い、田辺が九州地方感染事件へと向き合えるようにしてくれ時に預けてくれたものだ。ぎゅっ、と握り締めると、あの日、胸に去来した決意を再び思い出す。
もう、本当……
誤字すいません……