明らかに不機嫌な口調で、若い男が言う。
「要するに、ビビったって素直に言ったらどうですか?」
「ああ!?テメエは誰に言ってんだよ!」
「止めんか!二人とも!」
隊長の一喝に、二人は押し黙る。ほんの少しだけ間を空けると、隊長は一歩だけ前に出た。
「分かった。この二人を連れて行ってくれ。こちらには、私が残る」
「はあ!?ちょっと待ってくれよ隊長!どうして俺が!?」
「良い経験になるだろう。これ以上は聞かんぞ」
ぐっと喉を締めた男は、悪態をつきながら顔を下げる。そして、続けて鼻息荒く立候補したのは斎藤だったが、浜岡により遮られた。
「斎藤さんは、残ってくれると助かりますねぇ」
納得がいかないと、斎藤は声を荒げる。
「何故だ?人手は多い方が良いだろ」
「ええ、だからこそですよ」
理解出来ない。そう首を捻る斎藤に田辺が補足する。
「斎藤さん、墜落事故が起きてから、もうすぐ四日が経過します。となれば、今までよりも......いや、今まで何も無かったことのほうが、少し不気味なんです」
「......何もなかった?」
「はい、つまりは九州地方の全域に渡り、謎の感染事件が起きている。となれば、まず、真っ先に不安視されることと言えば......多くの国民の安否、そして国が関わる行政機関、その他にある自衛関係の施設や米軍関連、そういった内面もあるということは、特定の団体が動き出す良い口実でもあります。切り崩せる箇所から打ち倒す、どんなことにでも通じる争いの手段です」
田辺が椅子から立ち上がると、斎藤は納得したように、こくんと頷いた。
ここは、日本の首都だ。争いの切っ掛けを窺っている人間がどれだけいることだろう。勿論、東京だけでなく、日本全国にいる思想家や活動家達にとって、最高の撒き餌になりえる事態となっていることを改めて認識した。更に、言うなれば、それは国規模の問題にも発展する可能性すらある。
この場で奴等と接触した経験があるのは俺達だけだろうが、とは斎藤自身の言葉だ。それは、どんな状況下でも同じことが言える。そう、納得したのだろう。
田辺は、浜岡に深く頭を下げてから、顔をあげずに言った。
「......浜岡さん、本当に迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」
あれだけ、不安定だった田辺という青年が、この数日で見違えるほど、立派になったものだ。浜岡は微笑して、下がったままの田辺の後頭部へ優しく手を置いた。
「君に足りていないのは、大きすぎる正義感に見合うだけの覚悟だ。田辺君、人は体験を覚えただけ幸福を得るが、同じだけの悲しみを知ることになる。君の正義感の根本に何があるのか、正しさを掲げたいのであれば、それだけの責任を負えるのかい?」
……亜里沙のお父さんごめんなさい……
誤字報告ありがとうございました!