感染   作:saijya

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第26話

 もはや、邦子の瞳には叫声なのか、破顔しているのか、どちらともとれる笑いをあげる東しか映っておらず、そこに緩んだ目付きなど無かった。固まった瞼が閉ざすことを拒否している。知らぬ間に唇が震え、かち合った歯が音をたて始めた時、東の爆笑が不気味なほど、ぴたり、と止まり、激しく狼狽する邦子を見据えた。

 

「......俺はな支配したいんじゃない。服従なぞお前には求めていない。俺は理解者を求めているだけだ。俺が、何故、お前を抱いたのか。安部さんが何故、子供を必要だと説いたのか、お前はこれから考えて理解していく必要がある。邦子、さっき俺が話した日本人みてえな、曖昧な性質を持つな。それは、お前を深い所で壊しちまう」

 

「わ......私を心配して......?」

 

「......ガキを産めるのは女だけだ。そして、俺と安部さんの理想を受け継げるのも、子供だけだ」

 

 冷淡と言い放った東は、再び衣類へと顔を下げると、言葉を付け加える。

 

「だが、子供に理想を語れるのは女の特権だ。邦子、テメエは安部さんと俺の為にも死ぬな」

 

 はい、と邦子は短く返した。

 東にとって、第一は安部だ。第二は自身、第三は邦子となる。それは、安部の、唯一の親友と呼べる男の夢を叶える為のパーツとして加えられていることを暗に示した言葉だった。それでも良い。東との繋がりを残せるのであれば、邦子は満足なのだろう。

 そして、邦子は、さきほど聞きそびれた質問をする。

 

「あの......東さん......これから、どこへ向かうのですか?」

 

「小倉に忘れ物を取りに行く」

 

「......小倉......ですか?一体、なにを?」

 

「俺と安部さんにとって、一番の繋がりと言える物だ」

 

 愛おし気にテーブルのリュックサックを眺め、適当に選んだ服を着ていき、一息に背中にからうと足早に東は寝室の扉を開く。

 その背中を追い掛ける邦子を一瞥すれば、不意にある二人組を思い出して微笑した。

 それに、気付いた邦子が首を傾ける。

 

「何か、楽しいことがありましたか?もしかして、さっきの話しを思い出しでも?」

 

マンションの外階段を降りながら、東は首を振った。

 

「いや、ある男女を描いた映画を思い出してな」

 

「......東さんも映画とか見るんですね」

 

「結構な名作と名高い映画だがな。アメリカ全土を股に駆けた、実在した男女二人組の犯罪者の話しだ。英雄的な扱いまで受けていたんだが、最後は警察に銃殺されちまう」

 

一階に到着し、非常口を開けば、すぐ目の前にある車に乗り込んだ。助手席に座る邦子が、再度、訊いた。

 

「その映画のタイトルは?」

 

「......俺達に明日はない」

 

 東の返答に、邦子は随分と皮肉なタイトルだと眉をひそめた。

 特に、この九州地方における惨状を考慮すれば、もっともなタイトルだ。そんなことを考えているのかなど、問い掛けることも出きる筈もなく言葉を呑み込んだ。車内に微妙な沈黙を残したまま、東がアクセルを踏み込めば、車はゆっくりと速度を上げていき、二人は小倉へと出発した。




次回より「作戦」に入ります。
予想以上に長くなったので区切ります……
あと忙しくなってきたんで申しわけありませんが6月いっぱいお休みするかもしれません!

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