感染   作:saijya

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第19話

※※※ ※※※

 

阿里沙と加奈子は、もともとは、工場内の事務所であろう一室で、机を並べて横になっていたところ、階下から響いた怒声で目を覚ました。そこから、さほどの間を置かずに誰かが扉を開いたのだと分かる。この工場を発見してから身を隠し、新崎を拘束した部屋からの音だと理解が及ぶまで、約二分を費やした。

隣で眠る加奈子が起きていないかを確認していると、またも扉の開閉音が聞こえ、阿里沙は警戒心を強めつつ、机から降りると、引き出しを開き、あらかじめ見付けておいたマイナスドライバーを服の腹にいれて、眠る加奈子に、ちょっと行ってくるね、と囁くと事務所を出て、二階から達也の背中を確認する。その瞬間、腹部から胸にかけて、例えようのない、どす黒い何かが濁流として押し寄せてきた。

あまりの勢いに、胸を抑えて膝をつき、階段の手摺を左手で握りしめ顔をあげた。

彰一への気持ちに気付いた時から、生まれた渦は、確実に阿里沙の胸中を渦潮のように呑み込んでいっていると自覚しつつも、どう抗って良いのかも分からず、ここまで来てしまった。

阿里沙は、足音を忍ばせたまま、達也に気づかれないように細心の注意を払いながら、階段を一段一段、慎重に降りていく。

達也は、工場の出入り口で沈んだ面様をしていたが、両頬を叩いて気持ちを取り戻したように見え、物陰から顔だけを出して窺えば、真一と言葉を交わしているようだった。

阿里沙は耳をそばだて、二人の会話を盗み聞く。そして、阿里沙にとって、決して許すことなど出来ない決定的な言葉を達也が漏らしてしまう。

 

「俺はある。穴生でお前らと別れたあと、立て籠った民家で故意に女を階段から突き落としたんだ。その階下に、沢山の死者がいたにも関わらずにな。必死だったんだ、死にたくねえって......死者が女の身体から内蔵を引き摺りだして、指や腕を噛み千切って、捻りきって解体されていく様を、途中まで俯瞰して踵を返した。そん時によ、こう言われたんだ、お前さえここに現れなければってさ。その絶叫を聞きながら、俺は笑ってたんだ」

 

動揺はない、そのまま、呑み込めるだけの余裕はある。その上で、阿里沙はきつく奥歯を噛み締めた。その後、達也はこうも口にする。

 

「平和ってのはさ......二文字しかねえけど、裏側にはいろんな意味がある。その一つは、自分にとっては他人でも、大切な人でも、どちらでも良い......人と幸せを分け合えることを言うんじゃねえか?」


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