感染   作:saijya

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第18話

「俺はある。穴生でお前らと別れたあと、立て籠った民家で故意に女を階段から突き落としたんだ。その階下に、沢山の死者がいたにも関わらずにな。必死だったんだ、死にたくねえって......死者が女の身体から内蔵を引き摺りだして、指や腕を噛み千切って、捻りきって解体されていく様を、途中まで俯瞰して踵を返した。そん時によ、こう言われたんだ、お前さえここに現れなければってさ。その絶叫を聞きながら、俺は笑ってたんだ」

 

真一は瞠目しながらも、なんと声を掛ければ良いのか分からず狼狽していたが、達也は苦笑を漏らした。

 

「軽蔑するだろ?立派な人殺しだ。だから、こんな俺が言うのも変だけど、平和ってのは、真逆のことなんじゃねかって思うんだよ」

 

「......真逆?」

 

「平和ってのはさ......二文字しかねえけど、裏側にはいろんな意味がある。その一つは、自分にとっては他人でも、大切な人でも、どちらでも良い......人と幸せを分け合えることを言うんじゃねえか?」

 

達也は、歯を見せてニッ、と口角をあげた。

その自分に向けての皮肉まじりな笑顔を直視することは、話しを聞いてしまった真一には不可能だった。達也が女性から奪ってしまったものは命だ。比喩や暗喩にすることなど、出来ようはずもないたった一つの大切なものだ。つまり、達也の笑顔の意味は、他者から利己的に奪った以上、もう人と幸福を分け合うような立場にはなれない、ということだろう。

真一は俯いて、自身の発言を後悔した。知らなかったから、なんて言い訳にすらならない。ただただ、達也へこう言うことが精一杯だった。

 

「......達也、ごめんな......本当、詫びのしようもないぜ......」

 

涙を堪えているのか、喉が震えていた真一の肩に、達也は黙って手を置いた。

 

「俺の弱さが招いた結果だ。お前が気にするようなことじゃねえよ。それによ、そんな世界に落とされて、それでもまた、お前らに会えた。それに、脱出の算段もたっている。それだけでも、こうも思えんだよ、案外、希望ってやつも捨てたもんじゃねえなってさ」

 

その忖度が有り難かった。どれだけ、救われただろうか。真一にとって、その一声は強く背中を支えてくれる言葉となった。

 

「達也......お前、生き延びたら何がしたい?」

 

「俺は、この先を懸けて償っていきたい。その為の一歩として、その女の墓を建てたいんだ、もう一生、間違わない証しと証明としてな......お前は?」

 

「俺は......まだ見つからないぜ......平和ってやつを自分なりに手に入れることからかな」

 

「なら、早いとこ見付けることだ。それだけでも、気合いが入る。平和を手に入れるには、まずは希望を手にしねえとな」

 

二人は、またも声を揃えて笑い始めた。互いに分かっているのだ。平和とはこの穏やかな時間をなんの憂慮もなく過ごすこと、そのものだということをだ。


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