感染   作:saijya

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第17話

※※※ ※※※

 

真一は、胸中に膨らんだ黒い塊を拭いきろうと躍起になって部屋を出てしまったことを後悔していた。まだ、重要な会話があったかもしれない、けれど、我慢など出来なかった。結果、また浩太にすべて預けて、自身は、ただただ、感情を剥き出しにして厄介事から離れてしまっているだけだ。

そんな自分が心底、嫌になるぜ、と唾を吐き捨てると胸ポケットを探り、やはり、落胆の色を表した。

 

「......煙草なんて、工場内を探せばありそうなもんだけど、意外と無いもんだな」

 

背後から聞こえた声に、真一は振り返ると、安堵の息をついた。達也は、軽く右手を挙げて、真一の隣に立つ。

さわさわと風が頬を撫で、揺れる草を眺めていると、不意に達也が言った。

 

「こうやってると、昔を思い出すな......俺達が初めて会った日のこと、お前、覚えてる?」

 

「......忘れたくても忘れられないぜ」

 

鼻で笑った達也が空を仰ぐと、真一も同じく星を見上げた。雲もなく、皮肉のように感じれるが、明日も全員の心境とは違って良く晴れそうだ。

そんな感想を胸に秘め、真一は続ける。

 

「下澤さんに俺とお前、浩太と大地が呼び出されて怒られたことだろ?あれは、今でも笑い話だ」

 

「ああ、懐かしいな、遅刻したくせに、浩太は冷静に、言い訳良いですか?だもんな。最初は、こいつ馬鹿なんじゃねえのって思った」

 

「......実は俺もだぜ」

 

二人の笑い声が夜空に吸い込まれていく。達也は、久し振りに腹を抱えてしまいたかった。しかし、こんな穏やかな時間は、死者の出現により、まるで溶けるように失われていった。あの日々に、もう戻ることはできないのだろうか。そう考えるだけで、真一は堪らない気持ちになる。それも、自身の身内が関わっていたとなると、どうしようもない喪失感に襲われる。

ひとしきり笑ったあと、真一は切り出すように言った。

 

「なあ、達也......平和ってなんだろうな」

 

言葉に詰まりながら、達也は真一を見た。真一の目付きは、ぶれることなく見据えてきて、真剣そのものだ。逃げることなどできない。深呼吸で一度、間を開けた達也は、ぐっ、腹に力をいれて返す。

 

「真一、お前さ......自分が生き残るために人を殺したことってあるか?」

 

背中に湧いた冷たい汗を、確かに意識しながら否定する。これまで、数多の死者を葬ってはきたが、殺意を抱いたまま人を殺めるなど、想像すら出来なかった。その態度に、再度、間を空けた達也は、一言一句に神経を研ぎ澄ますようにはっきりと述べていく。




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