「......もしもの場合の退路もあって、背が高く、内部の作りも単純......分かった、そこにしよう。ありがとう祐介」
祐介の肩に軽く手を置いてから、浩太は携帯へ目線を移した。
「田辺さん、小倉のあるあるシティーってとこで決定だ」
「わかりました。こちらでも、調べた上で向かいます。昼までには到着するよう努めます」
「ああ......頼んだよ」
「......みなさんの幸運を祈っています」
すっ、と浩太が電源ボタンへ指を伸ばそうとした直後、これまで黙っていた新崎が、突然、縛られた身体を必死に捻りながら声を荒げた。
「待ってくれ!田辺さん!優奈は!俺の娘は無事なのか!?それだけ!それだけ聞かせてくれ!頼む!」
そんな新崎とは、対照的に、田辺は低い声で呟くように言った。
「優奈......?それは、新崎優奈さん......という意味ですか......?」
その名前を耳にした瞬間、新崎は破顔する。憔悴しきっていた瞳に力が戻り、田辺に見えるはずもないのに、何度となく首肯したが、田辺の反応は鈍いものだった。
新崎の表情が、快晴の空から曇天へと変わっていく。事の成り行きに着いていけない浩太と祐介は、渋面したまま首を傾げているが、周りの状況など意に介さず、新崎は這いずりながらも、携帯へ近づいた。
「まさか......優奈の身に何かあったのか......?答えろ!野田、そこにいるんだろうが!おい!答えろ!答えろ、野田アアアアアア!」
血相を変えて携帯へと迫った新崎は、咄嗟に動いた浩太により抑えられ呻吟するも、見開かれた双眸を、決して離そうとはしなかった。新崎が鬼気迫る面持ちを保ったまま、肩で激しい呼吸を繰り返す中、ようやく田辺が重い口を開いた。
「......新崎優奈さんは......」
そこで、突如、携帯から不穏な音声が聞こえ、三人は一斉に携帯へと視線を移す。見れば、ディスプレイの光が消えかけており、堪らず新崎は、強引に身を捩って浩太を振り払うと、電話に向かって絶叫した。
「優奈は!優奈がどうした!?おい!野田!田辺!おい!ざけんなよ!優奈!優奈ァァァ!」
「くっそ!黙れ新崎!」
浩太は、新崎の後頭部を鷲掴みにすると、口を床に押し当てた。
くぐもった声を漏らす以上、死者に気づかれる可能性があり、離す訳にもいかず、小さく悪態を吐くと、祐介に短く言った。
「祐介、皆を呼んできてくれ......」
こくん、と認めた祐介は、素早く立ち上がり扉へと走り出す。そして、背中を見送った浩太は、深い吐息をつくと新崎へ視線を落として、再度、溜息をついた。