「......感染事件の切っ掛けになった、そう言うことか?」
田辺からの返事は無かったが、浩太は肯定と受け取り、納得できる筈もない事件の裏の断片を知って拳を震わせた。
「......じゃあ、なにか?俺達は、そんな糞みたいな私怨で、こんなことに......こんな......ふざけんなよ!到底、納得できるはすがないぜ!」
怒声を放った真一は、携帯を掴みあげて、今にも叩き壊すような勢いをもって立ち上がった。咄嗟に、浩太が行く手を阻み、奥歯を鳴らして怒りを堪える真一に対して首を横に振る。
盛大に舌を打ったあと、真一は新崎を睨目つけ指差した。
「じゃあ、こいつが野田って野郎に協力する理由がどこにある!?なんの為に、テメエは野田に手を借したんだよ!新崎!痛い目にあう前に答えた方が身のだぜ!?」
「やめろ!真一!」
「なら、達也は我慢できるのかよ!こんな訳の分からん状況に追い込まれて!その理由が、ただの私怨を拗らせただけでしたって......こりゃ、一体、どんな悲劇だよクソッタレが!」
四肢を突っ張って吠えた真一の言葉に、電話の奥にいる男達も含めて、誰も口を開けなかった。それは、この場にいる全員が真一と同じ憤懣を抱いている証左ともとれる。
関門橋で市民を守ろうと闘った下澤、八幡西警察署で避難民の受け入れを行っていた阿里沙の父、自らの肉体を犠牲に、子供四人を守り抜いた祐介の父親、最初の襲撃を無事に切り抜ける切っ掛けを与えてくれた坂下大地、そして、坂本彰一、ここにくるまでに失った者の大きさは、もはや、計り知れない。
誰も口火を切れない中、バツが悪そうに舌を打った真一は、踵を返して扉へと向かい始め、その背中に祐介が言った。
「真一さん、どこへ?」
「......ちょっと見回りをしてくるだけたぜ......俺が叫んだせいで死者が集まってくるかもしれないしな」
「なら、俺も......」
腰をあげかけた祐介に、真一は掌を見せる。
「......悪い祐介、一人にさせてくれたほうが有り難いぜ......浩太、隣室においてる銃を一挺もってくぜ」
狼狽を隠さずに、浩太と真一へ交互に視線を預けている祐介に構わず、浩太は静かに頷き、短い謝罪を挟んで真一が退室する。
扉が完全に閉まりきると、祐介の非難めいた眼光が浩太へ刺さった。
「浩太さん、あの状態の真一さんを一人にするなんて、一体、どういうつもりですか?」
「当然、一人で行かせる訳ないだろ?達也、あいつに見付からないように着いててくれないか?」
「それなら、俺が真一さんに着きますよ」
「祐介、気を悪くしないでくれ。これは、達也に頼まなきゃいけないんだ」
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