準備、と浩太は反芻した。
含みのある語り口のせいで、様々な思惑を連想してしまう。どうする、と達也へ簡単な合図を送ると、首を横に振られてしまい、祐介は信用するべきと口パクで答える。間に立たされた浩太が思いあぐねる中、不意に携帯から声がした。
「......そちらの状態を鑑みれば、警戒するのも分かりますよ。しかし、貴方達は、必ず、こちらを信じます」
浜岡の主張に、浩太が反駁を加える。
「......その根拠は?」
「これから、分かります」
その返事から数秒後に声が響く。浜岡と名乗った男へ、来たぞ、と短く言った男は、斎藤というようだ。慌ただしく多数の声が入る通話相手に、浩太は苛立ちを覚え始めていた。信用を得るためだとは理解しているが、どうにも無駄な時間を使っている気がしてならない。九州を脱出する手段を得られる機会を逃したくはないが、他人を信用出来ない矛盾、そんな感情を孕んだ自身の心が汚れている気がして、心底、嫌になる。いっそのこと、祐介のようになれたらどれだけ楽だろうか。
しかめっ面で、指を噛んでいると、ようやく、田辺の声が入ってきた。
「長らくお待たせしてすみません」
「......ああ、それで?一体、今度は誰と話をすれば良いんだ?」
「そう、邪険にしないでくださいよ......それから、これから話を聴いてもらいますが、決して、最後まで口を挟まないで下さいね。質問は、最後にお願いします」
田辺の声が失せ、電話の向こうで新たな男が深呼吸をして一声を発した。
「......そちらに、新崎はいるか?」
パッ、と新崎が神妙な顔付きになり、真一が銃口を向けた。確認するまでもなく、この声の主が、今回の事件を裏で操っていた男なのだと予想がつく。
祐介の非難が込められた眼差しを受けても、真一は銃を下ろさずに、会話を促すために浩太を一瞥する。
「......ああ、ここにいる。けど、いまは話しができない状態だ。聞いてはいるから安心してくれ」
その肯定を挟んで、安堵した吐息がノイズのように走った。続けざま、浩太が訊いた。
「じゃあ、今度はこちらの質問に答えてもらう。アンタ、何者だ?」
「それについては、僕から説明します」
突然、割って入ったのは田辺だろう。浩太は、舌打ちをしてから言う。
「いいや、駄目だ。田辺さんではなく、本人の口から聞かせてくれ、頼む」
澱んだ雰囲気が電話越しにも伝わってくる。
嫌な予感がした。だが、ここで退くわけにもいかない。沈黙の後に、再び通話相手が代わり、低い声で言った。
「厚労省大臣の野田だ......これで分かるか?」