感染   作:saijya

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第9話

準備、と浩太は反芻した。

含みのある語り口のせいで、様々な思惑を連想してしまう。どうする、と達也へ簡単な合図を送ると、首を横に振られてしまい、祐介は信用するべきと口パクで答える。間に立たされた浩太が思いあぐねる中、不意に携帯から声がした。

 

「......そちらの状態を鑑みれば、警戒するのも分かりますよ。しかし、貴方達は、必ず、こちらを信じます」

 

浜岡の主張に、浩太が反駁を加える。

 

「......その根拠は?」

 

「これから、分かります」

 

その返事から数秒後に声が響く。浜岡と名乗った男へ、来たぞ、と短く言った男は、斎藤というようだ。慌ただしく多数の声が入る通話相手に、浩太は苛立ちを覚え始めていた。信用を得るためだとは理解しているが、どうにも無駄な時間を使っている気がしてならない。九州を脱出する手段を得られる機会を逃したくはないが、他人を信用出来ない矛盾、そんな感情を孕んだ自身の心が汚れている気がして、心底、嫌になる。いっそのこと、祐介のようになれたらどれだけ楽だろうか。

しかめっ面で、指を噛んでいると、ようやく、田辺の声が入ってきた。

 

「長らくお待たせしてすみません」

 

「......ああ、それで?一体、今度は誰と話をすれば良いんだ?」

 

「そう、邪険にしないでくださいよ......それから、これから話を聴いてもらいますが、決して、最後まで口を挟まないで下さいね。質問は、最後にお願いします」

 

田辺の声が失せ、電話の向こうで新たな男が深呼吸をして一声を発した。

 

「......そちらに、新崎はいるか?」

 

パッ、と新崎が神妙な顔付きになり、真一が銃口を向けた。確認するまでもなく、この声の主が、今回の事件を裏で操っていた男なのだと予想がつく。

祐介の非難が込められた眼差しを受けても、真一は銃を下ろさずに、会話を促すために浩太を一瞥する。

 

「......ああ、ここにいる。けど、いまは話しができない状態だ。聞いてはいるから安心してくれ」

 

その肯定を挟んで、安堵した吐息がノイズのように走った。続けざま、浩太が訊いた。

 

「じゃあ、今度はこちらの質問に答えてもらう。アンタ、何者だ?」

 

「それについては、僕から説明します」

 

突然、割って入ったのは田辺だろう。浩太は、舌打ちをしてから言う。

 

「いいや、駄目だ。田辺さんではなく、本人の口から聞かせてくれ、頼む」

 

澱んだ雰囲気が電話越しにも伝わってくる。

嫌な予感がした。だが、ここで退くわけにもいかない。沈黙の後に、再び通話相手が代わり、低い声で言った。

 

「厚労省大臣の野田だ......これで分かるか?」

 


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