ここが新崎にとっての次なる鬼門と成りえる場面であるのは、想像に難しくない。何故ならば、浩太の手にしている携帯は、この九州を脱出するために必要な、いわば地獄に垂らされた蜘蛛の糸だ。野田の番号は、新崎の頭にしか残っていない。これを交渉の核に置くとして、新崎は、まず、どう口を切ろうかと画策していた。
そして、浩太が、繋がり、と声に出した時、新崎は目敏く言葉を発する。
「確かに俺には......繋がりが......ある。岡島、そこまで......気付いているのなら......もっと先まで......察しているんだろ?」
浩太が大きく喉を鳴らし、決まりが悪いのか、舌を短く打った。
「......なら、単刀直入に訊く。この事件......旅客機の墜落から起きた、このクソッタレな事件の引き金を引いたのは、アンタなのか?」
新崎は、はっきりと、それでいて深く頷いてみせた。顔を天井に向けた浩太の身体が震えていた。再度、口を開く。
「アンタは......こうなるって......分かっていたのか......?」
「何か......良くない事が起きる、そんな予感は......していた......」
熱いものが数滴だけ、新崎の頬を濡らす。
元部下である自衛官の両目から流れた涙が、乾ききるよりも早く、浩太が左腕を振り上げた。
これから与えられるであろう鈍痛に耐えるべく、ぎっ、奥歯を強く締めた新崎だが、なかなか下りてこない拳に違和感を覚え、瞼を僅かに開く。
振り上げた左腕は、浩太の怒気を表したかのように激しく揺れ、赫怒した鬼を宿らせた表情に見合った口元からは、言葉にならない憤懣を漏らしていた。
「くっ......!くくっ......!この......クソッタレ野郎が......クソッタレ......クソッタレがぁぁぁぁぁぁ!」
下ろされた左拳は、新崎の頬を掠め、そのまま地面へと落ちた。鈍い音が耳の中に吸い込まれていく。
目を見開いたまま、新崎は嫌味のように言った。
「......やっぱり、お前は利口だよな、岡島」
鋭く視線を投げた浩太に怯む様子もなく、新崎は縛られた手足を突っ張り、声高に叫んだ。
「お前は分かっているんだろ!俺を殺せばどうなるかを!そうだよ!俺を殺れば、この九州を脱出する方法を失うことになる!その携帯が唯一の希望だ!俺だけが、俺だけがお前らの希望なんだよ!分かったら、この縄を今すぐに外せ!」
「黙れ、このくそ野郎が!」
浩太が新崎の胸ぐらを掴みあげた。そこで、二人の背後にあった扉が音をたてて開き、わずかな光が差し込んだ。
古いベルトコンベアーが右手にあり、左には大型のプレス機が重厚な存在感を放っていた。どうやら、ここは、なんらかの工場のようだ。中間のショッパーズモールではなかったと少しばかり安堵したのも束の間、佐伯真一が怒鳴り声をあげながら大股で近づいてきた。
ついに300到達か……長いなw
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