感染   作:saijya

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第3話

 やがて、薄い膜を張り付けた濁った眼界で見えたのは、武骨な骨組みが露出した壁だった。いや、これは壁ではなく、天井だろう。自分の身体が、どうなっているのかすら、認識できない。もしかしたら、もう自分は死んでしまっているのではないだろうか。

新崎は、ぐっ、と両腕を動かそうとするが、鋭い電流が腕を流れ、思わず、顔をしかめた。荒い呼吸を繰り返しながら、唸りをあげて首を持ち上げ、目を剥いた。両腕と両足が、太い縄で縛られている。訳も分からず、茫然と眺めているとき、不意に男の声が聴こえた。

 

「よお、目が覚めたみたいだな」

 

 視界の膜が一気に剥がれ、新崎は声の主へと視線をあげた。まず、目についたのは、自衛官が履いくブーツの爪先、次に迷彩柄のズボン、その先にあったのは、岡島浩太の仏頂面だった。

 

「お......岡島......か?なら、ここは......あの世ではないのか?」

 

 浩太は、鼻を鳴らして返す。

 

「出来ることなら、今すぐにでも逝かせてやりたいけどな。アンタには、確認しなきゃいけないことが山程あるんだ、そう簡単に死ねるなんて思うなよ」

 

 自嘲気味に唇を吊った新崎の顔面を、何かが覆った。唯一、自由の利く首を振って噛み付き、どうにか剥がしとり、盛大に咳き込む新崎に構わず、浩太が訊いた。

 

「アンタの上着だ。言っている意味は分かるか?」

 

 涙に滲んだ両目をうっすらと開く。そこで、浩太の右手に掴まれているものに気付いた。野田から連絡用にと渡されていた衛生電話だ。新崎の顔色が明らかに変わった瞬間を見逃さずに、浩太は自身の右手を一瞥する。

 

「......高卒で学のない俺には、これが一体なんなのかよく分からない。だから、アンタの口から聞かせてくれないか?」

 

 ぎりり、と歯軋りを交えた新崎は、横たわった態勢のまま顔を逸らす。途端、浩太は激昂して新崎の腹部を踏みつけ、鈍痛に呻く新崎を低い声で責め立てる。

 

「良いか?俺は、アンタがこれを、どういった理由と目的で持っていたか、それだけを聞いてんだよ。他のリアクションは求めていない」

 

 噎せかえる新崎だが、決して口を割ろうとはしていない。それは、浩太も充分に理解した。その上で、浩太は言葉を続ける。

 

「アンタが寝ている間に、軽く携帯を調べさせてもらった。着信の履歴や発信の履歴、アドレス帳やメールに至るまでことごとく消してある。ここまで周到なら、蔓延る死者達と、なんらかの関係があるとみて、まず、間違いないよな?そして、アンタがこれを持っていたということは、少なからず、繋がりをもっているってことだ」

 

 一つ一つ、確認するような口調で語る浩太を、新崎は黙然と見上げる。互いに喋らない奇妙な時間だけが過ぎていく。


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