最初は、掠れた声すら出せなかった。数多の死者から流れ出す多量の血液が、一文字に閉じた唇の隙間から侵入してくるからだ。味蕾と嗅覚を絶え間なく刺激する鉄の香りに、渋面を作りながら、必死に耐え続けた。強烈な爆発音と、慌ただしい大量の足音、それらが嵐のように過ぎ去って、ようやく息を吐き出せる。深い呼吸に混じり、口内に広がった濃い錆の臭いに吐き気を覚えたが、口を両手で塞いでどうにか飲み込んだ。
どれだけこうしていたのだろう。時間が曖昧だ。
あの時、アパッチの操縦士の唇が開くと同時に、駐車場の塀の影に飛び込んだ新崎は、チェインガンの凶悪な駆動音と共に撃ち出される弾丸の恐怖と、目の前で倒れていく多くの死者に対して悲鳴をあげていた。
どしゃり、と糸が切れた人形のように力なく前のめりになった女性の死者が光を灯さない瞳を向ける。頭を抜かれ、碎け散った頭部から飛び出した子供の眼球が目の前に転がる。衝撃によるものか、千切れて吹き飛んだ男性の腕が新崎の頬を強打し、その指先が新崎の顔を示す。三十ミリの弾丸による削られた人体の一部や臓物、脳の一欠片から毛髪に至るまで、それら全てが意思を持ったかのように、新崎の頬や額、服に次々と付着していく。
「うあ......うあ......うあ......うううあああああああ!」
新崎は、半狂乱で近場に横たわる死体を集め、子供のかくれんぼの如く、布団のように屍を羽織り、歯を打ち鳴らし、決死の面持ちで、愛娘である新崎優奈の名を呼び続け、喉が嗄れ、その声が細い吐息に変わるころ、不意に新崎の耳へ奇妙な幻聴が届き、きつく閉じた両目を見開いた。
この惨劇はお前が作ったんだ、しゃがれた声帯で男性が言った。
僕もまだ生きていたかった、若々しい音色の子供が言った。
死んでまで、どうして人を憎まなければいけないの、澄んだ声音で女性が言った。
「やめて......くれ......やめて......」
瞳に涙を溜めて、新崎は両耳を塞ぐ。しかし、消えてはくれない。
どうして、ここまで犠牲を広げた、嗄れた初老の男性が言った。
私達にだって、病気で悩んでいた子供がいたのに、消え入りそうな女性が言った。
生きたまま、僕はお腹の中身を食べられたよ。なのに、どうして、おじさんは生きてるの、と幼さを残したあどけない一声が言った。
「やめてくれ!やめて!やめろ!やめろおおおおおおお!」
喉を針で刺された鋭敏な痛みが襲う。だが、新崎は叫ばずにはいられなかった。本当に気が狂ってしまいそうだった。
第25部始まりまーーす!
……あれ?もうすぐ300じゃね……?