感染   作:saijya

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第15話

「邦子か。テメエにとっての悪者は消えたぞ?さて、これからどうする?」

 

問い掛けられた言葉、それは邦子と名乗った女にとって核心をついた一言だった。何故、知っているのだろうか。邦子は、喉を鳴らす。

 

「な......なんで......?」

 

「あ?なんでだぁ?そんなもん、簡単に分かるだろ?男二人にはお前を守る利点は何一つない。だが、同行を許されてんだ。この矛盾を解決するには、たった一つだけ方法があんだろ」

 

東の視線が下がり、邦子の股で止まった。恥じらいから、両手で股間を抑えた邦子へと東は続けて言った。

 

「恥じゃねえだろ?テメエは、生き残る為に正しい判断をしてんだ。死が間近に迫った男女は、子孫を残ろうとする。本能を利用した作戦を実行したことをもっと誇れや、しかし、こいつらも俺を平気な面で撃ったからには、それなりに色々あったみてえだな。まるで、アナタハンだ!良かったな、史実みてえに、テメエが狙われなくてよお!ひゃあはははははは!」

 

縦社会の中には、横領、横流しといった横の関係が必ず存在する。上から落ちてくる圧力から逃げるには、横に逸れるしかないからだ。男には体言が難しいが、女は自身を捨てることが、もしも、万が一にも出来れば、別の横の関係を築きやすい。決して正しいことではない。人によっては、卑怯者と呼ぶことさえあるだろう。

だが、変化が起きれば話は別だ。そして、東が求めていたのは、そのような人物だ。安部の理想を叶える為には、自身にとって、この世界に生まれて、初めて現れた完全な理解者の夢である子供が犠牲にならない真の平和の実現の為には、この九州地方に対応する力をもった人間が必要なのだ。

渡部邦子が、これまで生き残ってきた軌跡は、壮絶なものだっただろう。しかし、目的は達成している。弱肉強食が全面に炙り出された現状で、いまもなお、息をしている。

東は、尻餅をついたままの邦子を見下ろすと、拳ではなく、右手を開いて差し出した。驚きから邦子は東を見上げた。

 

「どんな理屈を説いたところで、真実には到底、至らねえもんだ。テメエは、新たな世界の平和ってやつを見てみたいか?」

 

邦子は、泰然とする東の背後にある二人の死体を見やった。拳銃という武器で築かれていたコミュニティを壊し尽くした男二人は、目の前にいるたった一人に、全てを難なく奪われた。

絶対的な支配者は、邦子にとっての世界だった。それが脆くも、瓦解した今、邦子にとっての新たな支配者は、新たな世界の平和、と言った。死者が蘇り生きた人間を喰らう、そんな前代未聞の恐怖に耐え、停滞したままだった邦子にとって、とても魅力的で甘美な響きは、まるで救世主の囁きだった。

誘われてしまう。どうしても、抗えない。本当の平和がその先にあると思えてしまう。ぐっ、と握った右手から伝わる熱い感情は、衝動のように邦子を突き動かした。




次回より、部数が変わります。はい、まだ決まってませんw
UA数50000越えありがとうございます!!

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