感染   作:saijya

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第14話

「ひあっ!ひあ!ひあああああああ!」

 

男は、苦悶と必死が入り交じった形相で安部の頭部を払おうとするが、間髪入れずに東が飛び掛かり、男の両手を押さえつけた。粘りのある声が降ってくる。

 

「裁きの邪魔をすんじゃねえよ......ひひひひひ!ひゃはははははは!」

 

食い破られた腹部から露出した臓器がだらしなく垂れ始めると、男は喉までせりあがってきた血を口から吐き出した。大量の血液が声帯に流れこんだせいで、もはやガクガクと痙攣を繰り返すことしかできないが、急所には至っていないのか、首と両足を突っ張って極限の激痛を味わいながらも生きている。血だまりに浮かんだ男の頬を、東が二度軽く叩いた。

 

「よお、まだ生きてるよな?どうだ?さいっこうの気分だろ?どんな罪にしろ、贖罪ってのは気持ちが良いもんだからなあ!」

 

涙で滲んだ眼界に広がるのは、凶悪な悪魔の笑顔だ。実に楽しそうに、東は身をあげて、飛び上がらんとばかりに両腕を横に延ばした。

 

「知ってるか?平和の対義語は、戦争じゃない!変化だ!テメエは九州がこうなって何を見てきた?この数日に起きた変化に何を感じた?表しか見れない奴等が増えたのは何故だ!平和だからだ!変化を恐れて仮初めの平和を享受する!ああ、そうだ!もはや、平和ってやつは罪の象徴なんだよ!」

 

 男の胃袋が露出する。肋が疎らに覗き、臓器が揺れ続けている。尋常ならざる重苦を受けても、何故か、死ぬことができない。急所を外されているのだ。多量の出血により、男の身体は大きく震え始め、同時に東が鎌首をあげ、大口を開くと一気に男の顔面に振り下ろした。

 

「むぐううううううう!」

 

 しっかりと噛みつかれた鼻を強引に千切り、口の中で転がして嚥下する。味わい尽くしたかのように、深い息を吐きつつ空を仰ぎ、次の瞬間、再び男の眉間へと噛み付き、力任せに皮膚を引き裂いた。一気に剥がされ、顔の半分の筋肉と血管が露出する。次の一撃で、頭蓋を砕かれ、ようやく男の呼吸は止まった。

 男の腹を掘り進めていた安部の生首を丁寧に取り出すと、東は口元を袖で拭い、真っ赤な唾を吐き捨て、残った女へ首を回し、短い悲鳴を聴きとると、再度、口角を邪悪に引き上げた。

 

「女......名前は?」

 

「わ......渡部......邦子......です......」

 

 瞬間、東は甲高い笑い声をあげ始める。訳もわからず、傍観していた女の両足は、立ち方も知らぬ赤子のようだ。一頻り、笑い終えた後に東が言った。


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