「放心している場合か!この場で奴等と接触した経験があるのは俺達だけだろうが!」
斎藤の檄に、田辺は我に返ることができた。そうだ、混乱している暇などない。
とにかく今は、最善の策を練るほうが優先だ。その為に、必要な事と言えば一つしかない。田辺は、立ち上がるなり、藤堂へ声を掛けた。
「藤堂さん!施設内に入った捜査員は何名ですか!」
狼狽えながら、藤堂は返す。
「さ......三十名だ......なあ、これは一体、何が起きているんだ?」
「話しはあとでしましょう!とにかく、被害の拡大を......」
設内から、瞳の色が違う死者が現れてしまい、田辺の言葉は、そこで途切れることとなる。苦虫を噛み潰したような顔で、田辺は隊長と呼ばれている黒服の男へと声高に言った。
「隊長さん!銃は!?」
「ない!拘束された時に奪われた!」
くそっ、と短く悪態をつけば、浜岡が藤堂へ口を開いた。
「銃の使用許可を出してください!このままでは、東京に被害が......!」
「しかし......」
俊巡する藤堂の肩を両手で掴んだのは田辺だ。あまりの事態に、対処方が浮かばないのだろうが、構っている時間はない。田辺は奥歯を噛んだ。
「分からないのですか!中にいる捜査員は、時間が経過すればするほど、犠牲になっていくんですよ!いや、それよりも、東京全土へと被害が広まってしまう!考えている暇などありません!」
既に、施設からの叫び声は途絶えてしまっている。訪れつつある最悪の結末は、もう間近に迫っていた。ここで、この場所で止めなければならない。再び、施設内から三人の死者が現れ、藤堂は目を剥いた。
自らが送り込んだ捜査員のなれの果てが、身体に走り続ける疼痛に呻くような長く細い声を上げ、その様を見せ付けるかのように藤堂へと白濁とした両目を向ける。
人の目は口ほどに物を言う。見据えられた藤堂は、それをありありと感じ、畏怖の念を抱いた。
「う......うおおおおお!」
隣にいた警官のホルスターから拳銃を引き抜くと、一気に引き金を絞った。轟いた銃声に、逃げ惑っていた警官達が足を止める。着弾したかどうかなど、確認する間もなく、藤堂は叫んでいた。
「撃て!撃てえええええ!」
東京の空に、数多の銃声が吸い込まれていき、昇った血煙は地面へと落ちていく。次々と倒れていく死者を目の当たりにした田辺は、以前、胸に去来した思いを浮かべていた。
東京の喧騒と平和、これがいつまでも続く訳がないと思っている。どんなに栄えた国家の終末には、必ず、原因不明の奇病が関わっているのだからだ、といった脳裏を過った言葉。まさに、ぴたりと当てはまる惨状を見ていると、自然と涙が溢れだした。