感染   作:saijya

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第4話

 勿論、田辺の焦りには、明確な理由がある。野田の別宅、つまりは貴子と最後に会った時から募った疑懼は、戸部と新崎優奈の死を認めた時から、大きく膨らんでいた。止まらない膨張は、唸りをあげて田辺の腹を突き破ってしまいそうだ。このまま、胸の内に仕舞い込んでしまっていて良いのだろうか。いや、浜岡にならば、打ち明けるべきだ。

 斎藤が藤堂へ怒鳴り声をあげる中、田辺は浜岡にしか聞き取れない小声で語りかけた。

 

「浜岡さん、今からする僕の話しは、馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれませんが、聞いてくれますか?」

 

 神妙な声を聴いた浜岡は、誰にも気付かれないよう目配せだけで返事をし、田辺もまた、緊張感を保ったまま、やや早口で言った。

 

「今回の事件、アメリカが絡んでいる可能性があるのは、浜岡さんも知っていますよね?」

 

 野田の側近のように付き添っていたあの男のことだ、そんな意味で浜岡は首だけで返す。それを確認したのちに、田辺は続けた。

 

「僕は、九州地方における事態をどう収めるつもりなのだろうかと、考えました。それで......」

 

 言い淀んでしまい、ついつい、浜岡を横目で確認してしまう。そこにあった表情は真剣そのものだった。与太話と一蹴するでもなく、田辺の次なる言葉と真摯に受け止める準備はできている、そんな決意が伝わる熱い眼差しが、田辺の背中を押してくれた。何度、田辺は浜岡に助けられてきたのか、数えきれるはずもない。人を励ますには、相応の勇気が必要になる。

 田辺は、自身の内側で陰っていた心境を吐き出すように言った。

 

「核爆弾の使用を考えている、という結論に到りました」

 

 雲を掴むような話しであることは、田辺自身も理解している。現在の九州地方が如何に危険な場所だと指定されたとしても、その被害が世界に及ばなければ、それだけは絶対に起こり得ない。野田もそんなことはよく理解しているだろう。

だが、浜岡は一笑するでもなく、ましてや、鼻で笑うこともなく、深刻そうに眉間を狭めた。

 

「......やはり、趨勢というものは、計り知れないものだね......」

 

 浜岡の声に、田辺は短く、はい、としか答えられなかった。これから先のことなど誰にも分からない。実際に想定の通りに物事が運ぶなど、余程のことがなければ起こらない。あくまで、想定の話しだ。しかし、想定とは、あらゆる最悪の結果を先に導きだしてしまうものだ。逆説を捉えなければ最良は見付からず途方に暮れる。

 

「しかし、可能性があるということは、起こり得ることだ。そこで提案があるのだけれど......」

 


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