この状況を切り抜けるには、これしか手段はない。
例え信じられずとも、田辺達には証拠がある。確かな勝算を持ちながらも、一度振り返った。黒服の三人に捕らわれた野田は顔を伏せている。斎藤は、瞼を閉ざして頷き、浜岡は不安と期待が入り交じった、なんとも形容しがたい面持ちで目を背けた。君が決めるべきだ、そんな声が聴こえてきそうだ。田辺は、藤堂に向き直る。
「九州地方感染事件、その黒幕は、そちらにいる野田大臣と戸部総理です」
瞬間、警官達から一斉にどよめきが上がった。藤堂の目尻にも狐疑の色が満ちていき、ほんの僅かな時間だけ沈黙した。だが、すぐに、いつもの鋭さを取り戻していき、深い溜め息を吐き出すと首を振った。
「何を言うかと思えば、そんな世迷い言か......」
「世迷い言などではありません、事実です」
藤堂が言い切る前に、口を挟んだのは斎藤だ。
「確かに、俺もこの目で証拠になり得る現場を目撃しています。間違いありません」
「......お前、頭でもおかしくなったのか?」
藤堂の猜疑心は晴れない。今まで何もしていないのだから、それも当然と言える。関わらなければ、人は自分から動くことなどないし、ましてや、首を突っ込むことなど、あり得ないだろう。届かない理解ほど苦しいことはない。
斎藤としても、野田の発言に期待するしかないのだが、当人は何をするでもなく、力なく俯いているだけだ。
やれやれ、と改めて吐息で区切った藤堂の呆れに、田辺は肩を震わせた。
「田辺君、だったか?そろそろ、良いか?我々も暇てまはないのでな」
「待って下さい!まだ、話しは......!」
「話しは十分に訊いた。その結果、聞く価値はないと判断する。おい!」
藤堂の一声で、先頭にいた壮年の警官が身構えた。
甘かった、と痛感する。焦りから自分一人になりすぎていた。そう、藤堂を始めとした警官達は、地下での一件には居なかったのだ。何が、例え信じられずともだ。端から、信じられぬ要素を多分に含んでいる事件と捉えていたはずなのに、自分本意で話しを進めてしまった。なんとも、情けない話しだ。一斉に、動き始めた警官達は、捜査官と二手に別れて行動を開始する。屈強な男性に取り押さえられた田辺や浜岡、斎藤は膝を着かされ、黒服の三人は背中に隠していた銃も押収された。
奥歯を噛み締め、田辺は隣にいる浜岡へ言った。
「浜岡さん......すみません......」
「焦りすぎだよ田辺君、何をそんなに心配しているんだい?いずれは、野田大臣も発言するだろうし、ここで解決する必要はなかったんだ」
寒いな……