「なるほど、浜岡さんか。噂は聞いてはいたが、まさか、こんな男だったとはな」
恥ずかしそうに、頭を遠慮がちに掻いてから浜岡が返す。
「噂ですか......いやいや、なんというか......少し恥ずかしいですね。ちなみに、どのような?」
「変わり者かと思えば、そうでもなく、どうにも掴みにくい人物だとな」
「......それは、誉められているのですかね?」
「さて、どうだろうな。それで、本題に戻らせてもらうが、この状況の説明をしてもらえるか?どうも、斎藤やそちらの男性方は、口が重いようなのでな」
浜岡が困ったように顎を掌で隠す。ほんの僅かな間を空けてから言った。
「なんといいますか。ここには、取材の為に訪れただけでして......何をして、どうなったかと問われれば、返答のしようがないのですよ。取材をして終えた、それだけですから」
大儀そうな溜め息が聞こえ、藤堂の目付きが鋭くなる。それは、距離のある田辺ですら、思わず怯んでしまう勢いがあった。
「......それを信じるとでも?」
そんな眼孔を浴びながらも、浜岡は平然とした様子で首を振った。
「いいえ、信じるとは思えません」
藤堂には、浜岡との会話がパブロフの犬のように感じた。予め決めている言葉を反射的に口にされているようだ。皮肉をこめた口調で言った。
「なるほど、掴みにくいとはこのことか。確かに、視線も姿勢も動かない、やりにくい相手だ。だが、こちらも手が無いわけではない」
さっ、と左手を挙げると、再び、張り詰めた空気が流れ始める。
「どうする?我々には権利を行使することも可能だぞ?」
「ああ......そうきますか......」
お手上げだと言わんばかりの呟きに、藤堂は口を持ち上げるが、その笑みは、浜岡の肩を引いた田辺によって曇ることとなった。
「浜岡さん、藤堂さん、お話の最中にすみません」
驚いた反応をみせた浜岡を尻目に、田辺は藤堂に言葉を続ける。
「初めまして、田辺と申します。今回の件に関しまして、少しよろしいでしょうか?」
「......なんだ?」
藤堂は棘のある口振りで短く返す。鋭角な目尻は、九重並みの敵意を孕んでいるように感じる。しかし、ここで退くわけにもいかない。田辺は、喉を鳴らすと同時に、腹に力を入れて真っ直ぐに藤堂を見据えた。
「藤堂さんは、九州地方で起きている感染事件について、何か見解をお持ちでしょうか?」
藤堂の顔付きは、ピクリとも動かず、それどころか鼻で一笑した。間違いなく、情報を入手してはいない、そう確信をもった田辺は、藤堂の間隙を付くことができると、悟られないよう胸中で小さく拳を握る。
「君らは記者だろう?それを我々に尋ねることに、なんの意味のある?」
「......回りくどく説明しても長くなりますね。なので、単刀直入に申し上げます」