感染   作:saijya

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第18話

  浩太と達也は、足音を忍ばせながら、一段一段、着実に階段を登っていき、ようやく四階の踊り場に腰を落ち着けた。滴る汗にすら気を配り、磨り減った神経は、限りなく摩耗されていく。

  これほどの緊張を保っていられるのは、あと数十分が限界だろうと、浩太が皮肉のように口角をあげた。

 

「......なんだよ?なんか楽しいことでも思い出したのか?」

 

 目敏く言った達也は、踊り場の手摺に体を預ける。

 

「さあ、どうだかな。なんで、口元が緩むのか、俺にもわからない」

 

  胸元を探りつつ、浩太は答える。やがて、目当ての煙草を引き出し、一本を達也へ渡した。その際に、彰一との会話が記憶の片隅をかすり、ああ、そうか。口元の緩みは、あの時の緊張と似ているからかと思った。

  もう、あのような話しを彰一と交わせないと気付かされ、くわえた煙草のフィルターを噛んだ。そんな浩太に、顔の前で煙を燻らせ、達也が言った。

 

「......今度は沈んでるな。不安か?」

 

「......不安じゃないときなんか無かった。お前もそうだろ?」

 

「まあな......」

 

  あと、一つ階段を登れば、生死を賭けた闘いが始まる。今までの、どの場面よりも、激しいものになるだろう。達也は足元に煙草を捨てると、踵で踏みつけ、最後に残った煙を吹き出す。

 

「最後の一服、堪能したか?」

 

  浩太に問い掛けられ、縁起でもないことを言うなとばかりに眉を寄せてみせたが、空になったケースを投げつけられる。

 

「変な顔すんなよ。今のが最後の一本ずつだって意味だ」

 

  苦笑いを浮かべた浩太は、半分ほどを残して床に置いた。その意味を図りかねた達也が首を傾けるも、浩太は何も口にせず、しばらく眺めていた。僅かな時間、目を閉じて胸中で呟く。

 

  彰一、あとは、お前の分だ。これだけ残したんだ。力を借してくれるよな。

 

  ふと、目を開くと同時に、マガジンを確認する。装填は充分、予備も二つある。カールグフタフの準備を手早く済ませ、互いに頷きあった二人は、一段目に右足を掛けて登り始めた。もう、引き返すことはできない。引き返すつもりなど毛頭ない。ただ、目線を逸らさず、大勝負に向かうのみだ。とうとう階段を登り終えた二人は、壁に背中を壁に着けて半身を乗り出して様子を窺う。

  アパッチは、ホバリングを続けたまま、二人の正面に位置していた。しかし、距離が離れすぎている上に、夥しい数の死者がアパッチを操縦する運転手へ手を伸ばしながら、呻き、ひしめき合っており、さきほどのチェインガンによる攻撃にあったであろう死体も、足の踏み場がないほど、かなりの数がある。




さ……寒い……

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