アパッチのプロペラ音が響いてくる。以前と変わらぬ死神の声へと、浩太と達也が近づいていく。二階へのエスカレーターを登りきった時、不意に唾を呑み込んだ浩太に対し、達也が小さく笑った。
「......緊張してんのかよ?」
不満そうに達也を睥睨するが、図星をつかれてはいるので、短く吐息を吐き出すだけに止まる。くくっ、と再び笑った達也は、自身の肩から提げた鞄を袈裟に担ぎなおす。
「お前は、どうなんだよ達也」
「ああ、俺だって緊張はしてる。けど、まあ、お前もいるし、味方だって頼もしい奴等が揃ってる。これまでの負担に比べたら、屁でもねえよ」
強いて言えばこいつくらいだ、と背中を視線だけで指した。
カールグフタフでアパッチを墜落させる。その担当を引き受けたのは、浩太と達也だった。真一も役割を引き受けると言ってはくれたが、車内で話題の一つとなった新崎の件での取り乱し様から高校生組に任せた車の調達に回った。
車は、達也が東に銃を突き付けられた駐車場四階にある。しかし、鍵がなければ走ることなどできない、と達也が口にしたところ、祐介がドライバーさえあれば運転することができるかもしれないと言った。そこで、二手に別れることになったのだが、達也にとっては都合が良かった。三階への階段に足を掛けた時、重い口調で達也が言う。
「なあ、浩太」
「......なんだよ、これからが勝負ってときに長話はするなよ?」
浩太が振り返れば、達也の真剣な表情がある。なにかを切り出したいが、躊躇いのほうが大きい、そんな面持ちだ。
「......どうしたよ?なんか問題があるってのか?」
「いや、そうじゃねえんだ......ただ、どうしてもお前、いや、みんなには言っておかなきゃなんねえことがある」
浩太は、黙然と達也の言葉を待った。だが、視線を外すなんて真似はしていない。その眼差しが、達也にとってとても有り難い目付きとなる。促すでもなく、ただ、聞くだけだ。浩太はその両目だけで、そう伝えてくれる。 意を決して、達也は息を吸い込むと、小さく呟く。
「俺は......俺は、自分が生き残る為に......人を......女性をこの手で殺しちまった......」
その告白に、浩太は気づかれないよう唾を呑み込んだ。穴生で彰一や阿里沙、加奈子とともに立ち寄った一軒屋、あの不釣り合いな温かみを思い出す。ひやりとした冷たい汗が、ゆっくりと額を辿って落ちていく。
長年、こんな世界になってしまう以前から苦楽を共にしてきた友人聞き慣れたの声が、酷い雑音になった気がして、浩太は喉を震わせることも出来なかった。環境が人に与える影響の大きさは計り知れないが、やはり、どんな時であろうとも、人は人なのだ。心はいつでも自身の中にある。揺れる感情を必死に隠し、浩太は短く返す。
「......そっか。そうなんだな......どこでだ?」
「お前らと......別れたあと、穴生に身を隠してた時だ......」
やっぱり、あのドッグタグはそういう意味だったのかと肩を落とす。予感はあったが、本人の口から語られるのは堪えてしまう。眉を寄せた浩太に、訝しそうに達也が訊いた。
「なんか、狼狽してるってより、不安が当たったって顔だな」
「......わかんのかよ」
「わかる......長い付き合いだしな。知ってたってことか?」
「なんとなくの......予感はあったな。ただ、やっぱり、お前から聞いちまうと多少な」