感染   作:saijya

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第10話

 ブチブチ、と首の皮が限界まで引き伸ばされ、徐々に胴体から離れていく様を光悦とした表情で眺めつつ、ぴたりと笑うことも止めて唇を歪め続ける。

 

「だがな、どれだけ尽力しようとも、テメエは根本が違うんだよ......マルクスの矛盾を追い求める独裁者との違いが大きすぎる。理念が違えば、行き着く場所もまるで違う」

 

 ついに、使徒の首が離れ、背骨が露になると、無用とばかりに残った胴体を蹴り飛ばした後に、東は何事もなかったかのように澱みなく立ち上がった。その太股からは、一切の傷も失われている。満足げに東は傷口があった個所を撫でた。

 

「独裁でも犯罪でも、理解者がいなければ、それは独りよがりで終わる。賛同者ではなく理解者だ。理解者こそが自分を高める」

 

 東は、くるりと踵を返し、置いていたリュックサックを拾い上げ、肩から下げる。そのリュックサックの下部は不自然に赤く濡れて血液が滴っていた。

 

「......理解者がいない限り、テメエに俺を殺すなんざ、できやしねえんだよ、野田」

 

 なあ、安部さん、と担いだリュックサックを一瞥する。それに、応えたのかどうかは定かではないが、低い唸り声が聞こえてきた。慊焉たる面持ちでそれを耳に収めた東は、もう一度、上空の機体を仰ぐ。

 まだだ、まだ、完成されていない。この九州での経験は、東にとって、飛躍の一歩となり得た。しかし、結果としてはなにもなし得ていない。親を送ること、それが、子供に託された成長の完了なのではないか。親とは、つまり、理解者だ。なんの不安も与えず、ゆっくりと息を吸い込んで命を預けてもらう。それが、安部から授けられた使命と言える。

 東は機体から目線を切ると、通谷の電停へと歩を進めた。中間のショッパーズモール内にいるであろう自衛官に、戦車の中で出会った少年少女達を見逃すのは、非常に業腹だが、あの機体と争うには、時間が足りない。準備とは、安部の一部と同化することにより受けた肉体への恩恵が、どこまでの外傷に耐えられるか、といった内容だ。そちらから、調べなければならない。何事にも、準備というものは必要だ。

 

「次だ......次に出会った時、テメエらにとっての本当の選別が始まる......ひゃははははははははは!」

 

 空が赤みがかっていき、雲の厚みが増していく。時間の感覚はないが、いつでも、一日の終わりというものは訪れるものだ。例え、どれだけ苦しいことがあろうと、それだけは変わらない。




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