感染   作:saijya

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第7話

 背後に迫る死者達の唸り声をかきけすほどの風圧を放つプロペラの音だけで、心の底から生還できたのだと思えた。そんな喜びに満たされつつ、新崎は速度を早める為に、深い一歩を踏み出す。だが、アパッチに動きはない。怪訝に感じた新崎は、正面を向いたままの操縦席を見た瞬間、どくん、と心臓が跳ねる。

 操縦席に座っている男は、鮮やかな金髪をしており、どう考えても日本人ではない。途端に、押し寄せた不信感が神経を尖らせたからこそ、新崎は操縦席の男が、こう口にしていたことに気づけた。

 男は、間違いなく言っている。

 

(......ファイア)

 

「......嘘だろ」

 

  アパッチに搭載されたチェインガンが、無機質な回転を始め、その銃口が一斉に煌めいた。

 

※※※ ※※※

 

  とてつもない轟音に、浩太は眉をしかめた。それも、この爆音には聞き覚えがある。連続した銃声は、あまりの速度と独特な弾丸を放つ破裂音により、一つの攻撃かと勘違いしてしまいそうなほどだ。室内の為か、その異音は異常なほどに響き渡り、加奈子が矮躯を更に縮めて阿里沙の裾を握る。

 

「......アパッチ」

 

  浩太の呟きに、真一が頷いて同意した。

 

「ああ、間違いないぜ......チェインガンだ」

 

「誰かいたってことなのか?」

 

「さあな......けど、あの糞アパッチは、狩りでもするみたいに、生き残りを殺そうと躍起になって、このモールを回ってるみたいだし、まず、間違いないと思うぜ」

 

  浩太は、達也へ声を掛ける。

 

「達也、疲れてるとこ悪いが、このモールに生き残りはいたのか?」

 

「ああ......いるよ......お前らには、先に伝えとくべきだったな......悪い」

 

「謝罪はあとで聞くから、誰がいたのか教えてくれ」

 

  急かすように、浩太は言った。情報があるのなら、頭にいれておく義務がここにいる全員にある。一同が固唾を呑んで達也の言葉を待つ中、一度、全員を見回し言った。

 

「俺が知っているのは、二人だ。まず、一人は東っていうイカれたサイコパス野郎、それと......新崎だ」

 

  自衛官二人、祐介と阿里沙、加奈子がそれぞれの名前に強く反応した。達也は、祐介達がみせた意外な表情に、訝しそうに眉間を寄せる。

 

「......東を知っているのか?」

 

  阿里沙の身体が、びくり、と震える。それも当然だろう。もしも、東と出会っているのであれば、命からがら逃げ出したに違いない。だが、祐介からの返事に、達也は驚愕することになる。

 

「......この戦車に入ってきた男が、その東って奴でした」

 

  達也の目に、狼狽の色が浮かぶが、今ここに三人がいるということは、あの東を撃退したということだ。思わず口を塞ぎ、達也は短く言う。

 

「すげえな......お前ら、本当に学生かよ......?」

 

  そこまで口にした所で、鼻息を荒くした真一が達也へと詰め寄った。

 

「おい、達也!お前、さっき新崎って言ったよな!それ、間違いないのか?」

 

  驚いて振り返った達也は、大きく首肯する。

 

「ああ、見間違えるはずねえだろ......新崎は間違いなく、このモールのどこかにいる。それに、この戦車だって、もとは新崎が乗っていたはずだ」

 

「だとしたら、大地がいるかもしれないってことか?」

 

  目を剥いた浩太の声は、端々に喜色が窺える。そして、車内を改めて、ぐるりと観察していく。基地を脱出した時に、あの窮地を救った戦車と思い感慨にふけているようだったが、達也の一声で意識を戻される。

 

「大地は......もう……」


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