感染   作:saijya

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第3話

 信じられなかった。心のどこかで、誰かが欠けてしまうなんてことは、有り得ないと決め込んでいた。しかし、現実はどうだ。やり場のない怒りを必死で噛み殺す為に、真一は握った拳を戦車の内壁に叩きつけた。

 

「なんでだよ......!なんでだよ、ちくしょう!」

 

「真一さん......坂元君......ううん、彰一君は、最後まで彰一君らしくアタシ達を助けてくれました......だから......だから......」

 

 真一の性格を顧慮した上での発言だろう。責任を一手に担おうとする悪癖をとめるように、阿里沙は、詰まりながらもそう言った。そういった点を傍目で眺めていた達也は、良いチーム関係を築けているのだと感じるとともに、見えない重圧がのし掛かってきていることを自覚する。この中間のショッパーズモールにまで足を運んだ理由が自分なのだとすれば、決して拭うことのできない罪悪感として心に残り続けるだろう。そこから生じる軋轢を想像するだけで、両肩に奇妙な重荷を背負った気がして、目を逸らしてしまう。やがて、一先ず、落ち着いたであろう祐介は、訥々とした口調で話しを始めた。

 

「彰一は......俺達を助けるために、安部って名前の男を足止めしてくれました......」

 

「安部だと?」

 

 思ってもみなかった名前を口にされ、達也は瞠目する。そして、今、まさに、達也の存在に気付いたのか、祐介は目を丸くして首を傾け、合点がいったとばかりに、鋭く言った。

 

「......もしかして、貴方が達也さんですか?」

 

 達也は、自身の軽率さを後悔する。咄嗟のこととはいえ、つい口を挟んでしまった。

 やってしまったことは、仕方がない。どうせ、遅かれ早かれ、この時期はきてしまうのだ。腹を決めて、唇を震わせる。

 

「ああ......俺が古賀達也だ......」

 

 車内に落ちていた鬱々たる雰囲気が、一気に広がっていく様を、達也はありありと目撃した。勿論、そんなはずはないのだが、人の命の上に、今の自分がある、それも、穴生での一件を合わせれば、二人分だ。

 そんな罪責の念が、大きな濁流となって押し寄せてきているみたいだった。それは、達也が初めて人を殺してしまったときに抱いた感情とは対極にあるからこそ、あの時みたいに、安易な逃げ場などはない。一気に呑み込まれてしまいそうだ。ぐらつく思考で、どうにか、謝罪の言葉を口にしようと試みているが、喉が塞がってしまったのか、

 はたまた、意識の濁流に呑まれてしまったのか、息をすることさえ難しい。そんな時、達也の右手を温かな感触が包み込んだ。

 

「良かった......本当に......生きていてくれて良かった......!」


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