感染   作:saijya

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第2話

激しく息を切らす祐介を先頭として、三人が弾かれるように車内へと身を翻す。しっかりと確認を終えた浩太は、振り返ると同時に、ニッコリと笑顔を浮かべて短く言った。

 

「......飛ぶぞ!」

 

一歩間違えれば、死者の海へ落ちてしまう。そうなれば、生きて生還するなど不可能だ。だが、ここで再び、誰かと離れることなどできるはずもない。浩太は、手摺を掴むと、一気に乗り越えた。失った重力に従い、まっすぐに吸い込まれるように、浩太は車上に落下した。二度、三度と転がり、どうにかハッチの上部で揺れる身体を止める。

緊張から吹き出した汗を拭い、浩太は二人を仰ぐ。

 

「来い!」

 

死者の大群と二人の距離は離れていない。取り囲まれるのも時間の問題だろう。真一が、ごくり、と生唾を飲み込んでから戦車を見下ろす。

 

「......やっぱり、ろくな方法じゃなかったぜ!くそったれ!」

 

「まあ......浩太らしいちゃあ、らしいよな......いくしかねえか......」

 

真一と達也、二人は手摺に足を掛け、大群の先頭に押されるように、飛び降りた。

ぶわっ、と滝のように流汗する。水のような冷たさを額に貯めたまま、最初に着地したのは真一だった。浩太と同じく車上を転がり衝撃を逃がす。起き上がった時には、過呼吸になったかのような息を繰り返している。それは、達也も同じだ。やがて、落ち着きを取り戻した二人が声を揃えて項垂れながら言った。

 

「し......死ぬかと思った......」

 

「生きてるんだから、万々歳だろ?」

 

恨み言でも口にする時のような目付きで二人は、浩太をきつく睨んだが、当の本人は素知らぬ顔で、誤魔化すかのように、ハッチを強く叩いた。

 

「おい!ここを開けてくれ!」

 

やがて、車上からハッチが開かれた。最初に出てきた祐介は、傷だらけの顔で瞳を潤ませてはいるものの、力強い光は、そのまま輝いている。

よほどの事を乗り越えてきたのだろう。そんな感慨に耽ていると、祐介が細い声を出した。

 

「浩太さん......よく、無事で......良かった、本当に良かった......」

 

「ああ、お前らこそ、無事で安心したよ。みんな、中にいるんだろ?早速で悪いけど、入れてくれないか?いい加減、こんな辛気くさいところはコリゴリなんだ」

 

みんな、の言葉を耳にした祐介の眉間が陰る。それを見逃す浩太ではないが、ここは詮索せずに、努めて明るく言った。それは、後ろにいる二人、いや、達也への配慮でもある。ハッチから、車内へ戻った祐介のあとを追うが、これほど辛い心境は、そう味わえるものではないだろう。

そして、すぐにその理由は明らかとなった。

そこまで広さもない車内、そこには祐介、阿里沙、加奈子の姿しかない。浩太は、自身の胸を強く押さえつけて、どうにか声を絞りだす。尋ねたくはなかった。だが、突き付けられた現実は、浩太に逃げる為の言葉を奪い去ってしまったのだ。

 

「し......彰一......は?」

 

ピクリ、三人の肩が僅かに動く。そこで、二人も車内で合流し、ぐるりと周囲を見回した真一は、愕然としたことだろう。一拍の静寂が永遠にすら感じてしまう。そんな重苦しい空気の中、意を決して口火を切ったのは祐介だった。

 

「彰一は......俺達を逃がすために......」

 

「もういい......!言わなくてもいい!すまなかった......彰一......本当に......!」

 

堪らず、浩太は祐介を抱き締めた。聞きたくない、という強い気持ちと、信じたくはない心が突き動かしたのだろう。

浩太の胸に、顔を埋めた祐介の、とても小さな嗚咽が車内に小さく木霊し、それに混じって真一が、嘘だろ、と小さく呟き、膝をついた。


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