感染   作:saijya

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第14話

「総理、貴方は以前、こう口にしました。ペストは一匹の鼠から発覚したと......病魔とはどこに潜んでいるのか分からない。それこそが恐ろしい」

 

「野田ァ!一体、どういうつもりだぁ!」

 

辺り構わず喚き散らす戸部の右足を、ゴミでも拾うかのような動作で持ち上げた野田は、田辺を一瞥する。因業な仕打ちを行っているとは思えないほど、落ち着き払った瞳だった。戸部の身体を引き摺りながら、野田は続けて言う。

 

「人は理想を叶える為に、嘘をつく。嘘とは理想の押し付けなんですよ総理」

 

凄惨な光景を目の当たりにしながら、田辺は野田の言葉に耳を傾けていた。不思議な気分だった。あまりにも、現実離れした出来事というものは、他者から思考を奪ってしまうものなのだろうか。やがて、野田は檻の前で止まり、床を引っ掻きながら抵抗をする戸部を見下ろした。

 

「完璧とはいかずとも、貴方は勤めを果たしました。それでは......」

 

戸部の痛苦の絶叫が木霊した。

リレーに使うバトンのような軽さで、戸部の右足を差し出した相手は、檻から伸ばされた青白い手の持ち主である少女だ。噛み千切られた踝から、白いビラビラとした筋が覗いている。乱暴に頭を揺らし、強引に顎を絞め、踝から太股を抉っていく少女の顔は、真っ赤な鮮血で鮮やかに染まっている。ぐん、更に深く引き摺りこまれた戸部の腹部に少女が右手を添えるように置いた。

たちまち、破られる腹部と、露出する臓器と臭い、それらが重なりあうだけでも堪ったものではない。その後に引きちぎられた臓器を口に運ぶ姿など、見るに耐えない。しかし、野田だけは、戸部が身体を解体される様を眺め続けていた。

しばらくの後、戸部に動きが無くなってから、野田が口火を切るように声をだす。

 

「......呆気ないものだな、命というものは」

 

檻の中にいる少女、新崎優奈に向けた言葉なのか、それとも自分か、戸部への一言なのか、どれとも判断がつかずに、田辺を始めとした一行は押し黙ったまま、野田の背中を見た。見計らったように、野田は天井を仰ぐと、振り返らずに言う。

 

「人間は大切なものを、こんなにも容易く失ってしまう。それが、自分であろうと他者であろうと変わらない。そうは思わないか、田辺?」

 

「......思いませんよ。僕は、大切なものほど失わないようにします」

 

野田は、唇の端を吊り上げて短く言った。

 

「......俺への当て付けか?」

 

「いいえ、自己批判ですよ」

 

二人にしか共有できない会話の中、田辺は野田との学生生活時代を思い返していた。一体、どこで我々の道は狂ってしまったのだろう。

野田良子を東に奪われた日からなのか、はたまた、野田が結婚をしたあの瞬間からだろうか。いや、そのどれもが違うし、そもそも、否定してもしょうがない。自己批判など、あとでいくらでも出来る。田辺は、空っぽになった戸部の身体を横目で見てから言った。




誤字報告本当ありがとうございます!!
やっぱめっちゃありますね……すいません……

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