感染   作:saijya

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第11話

 傍らで呟いた戸部を横目で窺う。嘲笑うような口元は変わっていない。

 

「人間の本質......?」

 

 田辺の疑問に、戸部は答える。

 

「それは、欲と自己保身だ。田辺君、君は歴史というものに、どのような意味を求める?」

 

 戸部の質問は、どこか要領を得ない内容だった。歴史に意味を求めることは、正しいことなのだろうか。事実と意味の言葉は、似ているようで似ていない。田辺は、しばし黙考してから言った。

 

「歴史は、事実としてあるものです。話を反らさないでもらえますか?」

 

 くっくっ、と喉の奥で笑い、戸部は左手を突き出すジェスチャーで田辺の発言を制する。

 

「答えを急ぐのは、記者の悪い所だ、そうだろう?それとも、君の先輩はそんなことも教えなかったのか?」

 

 ちらり、と浜岡を見て戸部は続ける。

 

「歴史とは、すなわち物だ。我々、現代を生きる者が過去を知るには、物を見て、読んで学ぶしかない。ならば、その物ですら手にする方法があるとすればなんだ?」

 

 返答に窮する田辺に対し、畳み掛けるような勢いを保ち、戸部が両手を広げた。

 

「それは、金だ!金はありとあらゆる物を容易く一枚の用紙に変えてしまう!世界の歴史を振り返ってみろ!争いと欲望にまみれているだろ!それは何故だ!欲望を満たす為だ!欲望とはなんだ!それは、金だ!金はすべてを支配することが出来る唯一のものだ!」

 

 熱の籠った弁とは違い、野田は硝子のような冷たさで戸部を眺めていた。それに気付いたのは浜岡だけだ。

 なにか様子がおかしい、と注視していた時、浜岡の隣で斎藤が叫んだ。

 

「ふざけるな!金がありとあらゆる物に変わるだと!人の命は、そんなに安いものではない!」

 

 首を僅かに傾け、戸部が反駁する。

 

「人の命を自由に出来るものも金だ。人の本質とは、金と欲望、それだけが全てを語ることができる」

 

「金に踊らされてる只のクズ野郎が......!」

 

「ソフィスティケートされている、と言ってもらいたいな」

 

 刺すような眼力を投げ掛ける斎藤を前にしても、戸部の余裕の笑みは崩れない。それどころか、斎藤へと一歩踏み出し始める。だが、斎藤も引くことなどしなかった。真っ向から戸部を受け止めるつもりなのだろう。一同が固唾を呑んで見守る中、改めて口火を切ったのは戸部だ。

 

「金に惑わされていると言ったな?それはそうだろう?世の中は、金と欲望に溢れているのだからな」

 

「選挙に出るやつなんて、金儲けしたいやつか、目立ちたがりのやつばかりだ。まっとうなやつは選挙になんか出ない。まさに、貴方のことを言っている」

 

 戸部の背中に田辺が語りかけるような口調で言う。その言葉にも振り返らず、戸部は小馬鹿にして笑う。

 

「確か、チャーチルの言葉だったかな?ああ、確かに、その通りかもしれないな。だが、その地位にまで立てていない君たちはどうなんだ?まっとうであろうとも、世間では立派だ、そう昂然と口に出来るのはどちらだ?」


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