傍らで呟いた戸部を横目で窺う。嘲笑うような口元は変わっていない。
「人間の本質......?」
田辺の疑問に、戸部は答える。
「それは、欲と自己保身だ。田辺君、君は歴史というものに、どのような意味を求める?」
戸部の質問は、どこか要領を得ない内容だった。歴史に意味を求めることは、正しいことなのだろうか。事実と意味の言葉は、似ているようで似ていない。田辺は、しばし黙考してから言った。
「歴史は、事実としてあるものです。話を反らさないでもらえますか?」
くっくっ、と喉の奥で笑い、戸部は左手を突き出すジェスチャーで田辺の発言を制する。
「答えを急ぐのは、記者の悪い所だ、そうだろう?それとも、君の先輩はそんなことも教えなかったのか?」
ちらり、と浜岡を見て戸部は続ける。
「歴史とは、すなわち物だ。我々、現代を生きる者が過去を知るには、物を見て、読んで学ぶしかない。ならば、その物ですら手にする方法があるとすればなんだ?」
返答に窮する田辺に対し、畳み掛けるような勢いを保ち、戸部が両手を広げた。
「それは、金だ!金はありとあらゆる物を容易く一枚の用紙に変えてしまう!世界の歴史を振り返ってみろ!争いと欲望にまみれているだろ!それは何故だ!欲望を満たす為だ!欲望とはなんだ!それは、金だ!金はすべてを支配することが出来る唯一のものだ!」
熱の籠った弁とは違い、野田は硝子のような冷たさで戸部を眺めていた。それに気付いたのは浜岡だけだ。
なにか様子がおかしい、と注視していた時、浜岡の隣で斎藤が叫んだ。
「ふざけるな!金がありとあらゆる物に変わるだと!人の命は、そんなに安いものではない!」
首を僅かに傾け、戸部が反駁する。
「人の命を自由に出来るものも金だ。人の本質とは、金と欲望、それだけが全てを語ることができる」
「金に踊らされてる只のクズ野郎が......!」
「ソフィスティケートされている、と言ってもらいたいな」
刺すような眼力を投げ掛ける斎藤を前にしても、戸部の余裕の笑みは崩れない。それどころか、斎藤へと一歩踏み出し始める。だが、斎藤も引くことなどしなかった。真っ向から戸部を受け止めるつもりなのだろう。一同が固唾を呑んで見守る中、改めて口火を切ったのは戸部だ。
「金に惑わされていると言ったな?それはそうだろう?世の中は、金と欲望に溢れているのだからな」
「選挙に出るやつなんて、金儲けしたいやつか、目立ちたがりのやつばかりだ。まっとうなやつは選挙になんか出ない。まさに、貴方のことを言っている」
戸部の背中に田辺が語りかけるような口調で言う。その言葉にも振り返らず、戸部は小馬鹿にして笑う。
「確か、チャーチルの言葉だったかな?ああ、確かに、その通りかもしれないな。だが、その地位にまで立てていない君たちはどうなんだ?まっとうであろうとも、世間では立派だ、そう昂然と口に出来るのはどちらだ?」