感染   作:saijya

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第5話

 浜岡と斎藤すらも、絶句したまま、喉を震わせることすら出来ない。

 その少女は、異質だった。いや、これまで何度も「死体」というものを見てきた斎藤には、少女の本質が見抜けていた。浅黒く濁った皮膚は血が循環していないことを一見して三人に伝え、黒目のない瞳は、もう、輝きを取り戻すことはないだろう。口から頬を彩る朱色は、床に撒かれた物と同じであり、小さな口に動物の死骸をくわえている。損傷が激しく、どうにも判断がつかないのだが、羽があることから鶏かなにかだろうか。ぶちり、と肉塊が口から落下すると同時に、田辺を白濁とした眼球に写した少女は、一目散に檻へと体当たりした。棒の間から、必死に両腕を伸ばし、ガチガチと歯を打ち鳴らし続ける。まるで、獣そのものだ。機能していない声帯が拍車をかける。弛緩した腰に耐えきれず、田辺はその場にへたりこむと、三人の背後に立っていた黒服達も、あまりにも異様な光景に顔をしかめ、銃が滑り落ちた。

 

「彼女は、新崎優奈といってな......」

 

 不意に、そんな声が聞こえ、田辺は顔をあげた。

 

「もともとは、非常に重い難病を抱えていた少女だった」

 

 改めて、田辺は新崎優奈と呼ばれた少女を見上げる。奇態な外見に気をとられていたが、十二歳にしては、頭髪に白が目立っていた。さながら、老婆のようだ。それに、顔の皺も多く、とても相応の年齢とは思えない。田辺は、早まる胸を右手で抑えて、ゆっくりとした動静で立ち上がる。

 

「......その難病とは?」

 

 少女の現状に関係があるのだろうか、それとも、別の理由があるのだろうか。どちらにしろ、十二歳の少女を檻に閉じ込めておくなど、倫理に反する行為だ。静かな怒りを隠さずに、田辺は訊く。しばらく、少女を賞翫するかのような柔和な目を向けていた田辺は、そっ、と短く口を開いた。

 

「ウェルナー症候群だ」

 

 聞きなれない言葉に、田辺が眉間を狭めていると、付け加えるように浜岡が言った。

 

「......百万人に対して、三人の割合、ただし、その多くが日本人であるという早老症でしたかね。確か、根本的な治療法は確立していないという......」

 

 隣に立つ斎藤も、思い当たる節があるのか、神妙な顔付きで頷いた。

 

「以前、浜岡がショックを受けた病気だったな。まあ、俺も自分の娘がと考えたら......」

 

 腑に落ちない。田辺はそう思った。話しを聞く限り、早老症はその病名の通り、老化を早める病気だ。だとすれば、この狂暴性は説明がつかないのではないか。田辺は振り返って浜岡へ尋ねた。

 

「浜岡さん、その病気はこのような症状を発症させるものですか?」

 

「いや、それはないよ。同じような病気にブロジェリア症候群というものがあるけど、そちらも筋肉の衰えが症例にあったはず......この少女のような激しい動きはできないし、ましてや......」

 

 浜岡は、そこで言葉を呑み込んだが、その先は嫌でも察せれる。ましてや、死体のような風貌にはならない、だ。




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