感染   作:saijya

250 / 432
第4話

 開かれた扉の先に広がった光景は、どこかSF映画を連想させる空間だった。田辺には、最新鋭の機械に対する知識などないが、それでも、一目で、そうなのだろうということが分かる。まるで、あまりにも壮美な夜景を見せつけられた時のように、田辺の両足は、床に縫い付けられた如く動かなくなり、ようやく一歩を踏み出せたのは、背中に感じた銃口の丸い感触による恐怖からだった。

 

「さっさと歩け」

 

 ぐっ、と押し付けられ、咄嗟に田辺は両手を挙げ歩き始める。辺りを見回してみれば、白衣に身を包んだ研究員が三十数名、別室へと繋がっているであろう扉が八つほど確認できた。縦に長く続く白い廊下は、眺めているだけで、頭がどうにかなってしまいそうだ。中腹まで歩いた所で、先頭を歩く野田が振り返る。

 

「田辺、お前は俺の周囲を嗅ぎ回ることはしていようと、実際に目の当たりにした訳ではないよな?」

 

 田辺は、首を傾げる。

 

「......それは、どういう意味ですか?」

 

 野田は、小さく鼻を鳴らして踵を返すと、通路の先にある扉の鍵穴を回して開いた。

 そこは、六畳ほどしかない狭い小部屋だったが、室内から流れてくる臭気と、異様な雰囲気で、とても陰湿で暗い印象があった。だが、そんな抽象的な空気よりも、なによりも、異質さを放っているのは、部屋の中央に置かれた物質だろう。壁紙と同じ色があてがわれた真っ白で巨大な布が、田辺の身長ほどもある正方形の何かを覆っている。そして、時折、聞こえてくるのは、東京という都会では聞き慣れない獣の声だった。靴音をたてて、近寄った野田が、その白布を右手で、ジワリジワリ、と開いていく。

 まず見えてきたのは、いくつも等間隔に並んだ鉄の棒と、病的に細く白い人間の両足、スカートを履いていることから女性であることが分かる。

 田辺は、生唾を呑みこんで無意識の内に一歩下がった。

 徐々に明かされていき、田辺は並んだ鉄の様の正体は、単純な檻だと気付き、青ざめた。檻にいれられた人間がいる。それの意味する所は、簡単な話し、危険だということだ。布が更に捲られていき、鼻をつく臭いが鋭さを増していく。加えて、視認できる両足の周辺には、夥しい数の肉塊と赤黒い液体がばら蒔かれていた。

 

 一体、これはなんだ......

 

 布が引き上げられ、続けざま、田辺は眼を剥く。

 だらりと力なく下げられた両腕には、すっかり血色が失われていたからだ。胸の位置に到達すると、膨らみはなく、少女であることが分かる。心臓の激しい鼓動により、息苦しさを覚えているのは、田辺だけではないだろう。頭の中では、見てはいけない、と警鐘が鳴り響いているが、どうしても双眸を引きはがせなかった。

 少女の首が覗く。顎、頬、鼻、最後に、両目が露になった瞬間、田辺は、本当に自身の声なのかと疑いたくなるほどの叫び声をあげた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。