「なら、気を付けるこったな。今にも引き金を引きそうになる」
ごりっ、と押し付けられた銃口を見上げるように、浜岡の視線が上がった。田辺は、思わず口を挟もうとしてしまうが、すぐに開きかけた唇を結び、うつむいた。下手な口出しは、奴等の怒りを買うだけだ。
「どちらにしろ、お前らは黙っているしかないんだよ。分かったか?」
「ああ......分かっている」
浜岡の代わりに、斎藤が返す。しかし、その目には、今だ瞋恚の炎が宿っている。それを鼻で一笑した男は、肩をすくねて言う。
「ハッピーの意味を知ってるか?幸せって意味だ。お前は、今、幸せを噛み締めているか?神よ、命あることに感謝しますってよ」
「生憎、俺は仏教徒なんでな。神って奴は信じていないんだよ」
「......なら、信じたくなるようにしてやろうか?」
すう、と男の腕と目線が斎藤に移ろうとした時、助手席にいた男の仲間が鋭い口調で口を開いた。
「いい加減にしてもらえませんか!聴いてる方がイライラするんですよ!」
声からして、男達の中では若いほうだろう。加えて、敬語ということもあり、田辺達を連行する男達の後輩に当たる立場だ、そう三人の考えが一致した。それは、同時にこの三人を切り崩す一角を見付けたことに繋がる。
「あ?テメエは、誰に言ってるのか分かってんのか?」
「弱いもの苛めみたいな真似をするアンタよか、理解してますよ」
「んだと、コラ!」
そこで、黙然と二人のやり取りを見守っていた運転席に座る男が言った。
「二人とも、落ち着け!俺達の仕事は、この三人を送ることだけだ!喧嘩をする必要はない!」
「けれど、隊長!先輩の態度は目に余るものがあります!」
隊長、そう呼ばれた壮年の男は、助手席の男の意見を一蹴する。
「黙れ!」
途端、車内にまたしても沈黙が降りた。隙を突かれる前に、軋轢を潰す男の手腕に、三人は舌を打ちたい気分に陥る。だが、脆い部分は発見した。恐らく、この男達は、チームではなく、方々から集められたグループなのだろう。
名前や年齢は知っているだろうが、互いに性格の把握を行わず、この作戦の為だけに、集っただけの集団、さきほどのやり取りで、田辺はそんな感想を抱いた。先輩、との呼び方も引っ掛かる。しかし、なんらかの訓練は間違いなく積んでいる。なにより、隊長と呼ばれた男の存在は厄介そうだ。若い二人を出し抜くことはできようとも、壮年の男だけは、こちらの術中に落とせそうもない。