ギリギリと、指が音をたてて引きちぎられてしまいそうだ。それでも、祐介は握り続けた。加奈子が大粒の涙を流しながら、阿里沙は祐介の身体をどうにか引き寄せようと、引き続けてはいるものの、圧倒的な死者の数は、徐々に力を増していく。女性一人と、少女の力では、耐えられるはずがない。ついに、祐介の掌が開き、ぐん、と踝から関節の位置まで落ちた。
「くっそおおおお!」
祐介は吠える。しかし、身体を戻せない。死者達にとっては、掴める箇所が増えたのだから当然だろう。腕に、胸に、腰に、腹に、肩に、両手と同様の痛みが走り始めている。限界が近いと悟った祐介の耳元で、阿里沙が叫んだ。
「いやあああ!離して!離してよお!」
阿里沙が叫喚するも、それは、死者を焚き付ける行為にしかならなかった。両手の人差し指が外れ、祐介が叫んだ。
「もういい!離せ!このままじゃお前らも......」
「絶対に離さない!彰一君だって、きっと、こうする!私達は助け合うの!今までだって、そうだった!」
祐介の脛に食らい付こうとしていた死者を阿里沙が蹴り落とすが、その行動が致命となる。別の死者が、その右足を掴んでしまった。阿里沙の表情から、色が無くなっていく。瞬間、祐介が右手を離し、阿里沙の手を捕らえ引き上げた。
「祐介君!」
「阿里沙ぁ!」
阿里沙は、東から祐介を救った時のように、右手を伸ばす。けれど、祐介の左手は空を切った。同時に、祐介の身体が車上から放れ、死者の大海へと投げ出された。
数十にも及ぶ死者が、引っ張っていたことにより、勢いがつき、祐介は数名を巻き込んで床に倒れる。肺が拒絶しそうなほどの凄まじい臭気だが、そんなことを気に止めている場合ではない。覆い被さってきた死者を避けると、目の前にある両足を両手で払い、少しでも戦車へ近づこうとする。
全身を使ったタックルで、死者の一人を押し倒し、先にいた死者の顔面を殴り付けた。裂帛の雄叫びをあげ、止まることもなく、祐介は戦車へ向かっていく。引き刷り落とされただけあって、距離は離れていない。右からきた死者の身体を押して距離をとり、左から迫る死者を殴って倒し、正面で吼えた死者の腹を蹴りつけて怯ませる。背後から祐介に飛び付いた死者の反動は強く、押し倒されまいとした祐介は、前転の要領で上半身を前方に突きだし、死者を背中で投げ、そのまま走り出すら、もはや、死者達の怒号にも似た獣声で自分が何を叫んでいるのかも分からないかった。
臭気、悪寒、鋭痛、鈍痛、不快なもの全てがまぜこぜになったような気分に陥ってしまう。
人間の脳は、死の危険を察知した時、過去の経験から、どうにか助かる方法を探そうとして、思考がかき混ぜられたかのように、目眩がする時がある。過去の記憶が、一瞬で脳を駆けめぐる為だと言われているが、これがそうなのだろうか。
すいません、忙しくて……