仲間ならば、それも分かるが、心棒するにしては、安部は歪みすぎている。子供に対する執着は並外れていた。その理由は判明していないが、安部の底に根付いていた信念が、結果として彰一を失うこととなる。
祐介は、背中に隠したままのイングラムの硬質な冷たさが、温かさをもってなにかを伝えてきている気がしていた。彰一の存在は、やはり、祐介の心根に深く打ち込まれている。
「生き甲斐か......分かるよ。俺もそんな相手がいる!」
ガッ、と東の目が開かれた瞬間、祐介は左足を精一杯に伸ばし、東の右足を踵で押す。不意な足払いは、身体を前のめりにし、戦車の壁に顔面を打ち付けた。
「ぐお!」
東の低い悲鳴を合図に、祐介は勢いをつけて股間を深く殴りつけた。短く息を吸う音が聞こえる。その状態から、両腕で押し出せば、さすがの東も、すぐに立ち上がることはできなかった。
「阿里沙!ハッチを全開に開け!」
祐介は、言いながら立ち上がると、ハッチの縁に両手を掛けて飛び上がる。しかし、腹に縁が当たると同時に、動きが止められる。
「逃がすかよ!糞があ!」
「マジかよ......!早すぎる!」
「祐介君!」
阿里沙も切羽詰まった表情で引き上げようと奮闘するも、東の腕力には遠く及ばない。右の踝に、万力で締められるような鈍い痛みが走り、腕の力が抜けると同時に、祐介は車内へ引き戻された。阿里沙の甲高い悲鳴が木霊し、周辺に集まる死者を刺激してしまう。
死者の歓声に混じり、祐介が強かに後頭部を打ち付ける音が鳴った。脳を揺する強い衝撃の直後に、鼻をつく鉄の臭いが届く。
「......ここまで馬鹿にされたのは、久し振りだなぁ、ええ?糞ガキがぁ!」
祐介の額には、再び銃口が当てられ、奥に光る東の瞳には、しっかりと祐介の姿が映っている。
祐介は、直感することになる。もう、逃げられない。
ククッ、とシリンダーが廻る。祐介は、きつく目を閉じた。父親の残した形見の銃で殺されるとは、なんという皮肉だろうか。これ以上の屈辱はないだろう。
見たくなかった。父親の銃が火を吹いた先が自分であると、信じたくはなかった。
ごめん......彰一......俺は......
「死ねよ!糞ガキぃ!」
阿里沙がハッチから必死に手を伸ばす。それが、祐介の見た最後の景色となってしまう。
願わくば、阿里沙と加奈子がどうにか助かりますように。こんなに壊れた世界で、ここまで生き延びたんだ。それくらいの我が儘は、神様だって叶えてくれるよな?彰一、ごめんな。親父、ごめん。お袋、俺もそっちにいくことになりそうだよ。だから、二人から庇ってくれると嬉しい。神様、どうか、生きているみんなのことをよろしく頼むよ。
ショッパーズモールの天井の先にある雲、その奥にいるであろう神に、そう問いかけると同時に、祐介の耳に鋭い炸裂音が響いた。