感染   作:saijya

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第8話

 なによりも、祐介の発言から、安部と出会っていることは確実だと東は察した。理由としては、祐介が安部の理想を知っていたことだ。東の背中側から狭い車内に、戦車を叩く死者のうめき声が響いてきている。南口通路に死者が雪崩れ込んでいることも確認できた。

 

「......女、テメエは先に出ろ」

 

 まったくもって癪に触るが、今は安部に思考が片寄ってしまっている。

 俺が、こんなガキに揺さぶられている、と強く奥歯を噛み締めた東だが、銃だけは祐介を逃がさぬように、力強く握っていた。

 

「阿里沙、加奈子ちゃんを頼んだ」

 

「祐介君......駄目だよ......ここであたし達がいなくなったら......」

 

「大丈夫だ。彰一に顔向けできなくなるような真似はしない」

 

「けど......」

 

 瞬間、東は銃を手にしていない左手で頭を抱えた。

 自衛官の時と同様に、頭蓋骨を越えて、脳が震えるほどの大量の羽音が響き始める。ビイイイイイという警鐘にも似た不快音は、痛みを伴って東を襲い始め、ただでさえ、回らない思考に靄をかけていく。

 

「ごちゃごちゃ、うるせえんだよ!さっさと出ろクソガキ!いますぐ、こいつの頭を撃ち抜かれてえのか!ああ!?」

 

 顔をしかめた東の威圧は、祐介に違和感を与えた。これまで余裕を保っていた男にしては、随分な焦燥が窺える。奇妙な感情の起伏、それは、日常の中で、よく目にする一幕だ。例えば、喧嘩の際中、急激に怒りが冷めていくなんてことがある。単純に、ボルテージの低下と捉えられるが、自身を俯瞰する、もう一人の自分がいるとも考えられる。中間のトンネル前で、祐介自身がそうだったように、人は、いつだって冷静な一面をもっているのだ。けれど、この東にはそれがない。いや、どこかにいたとしても、脳内にはいない。

 

「ああ......うるせえ......うるせえ......!」

 

 こめかみを押さえて、片目を閉じている姿は、親を見失った子供みたいだと感じた。東がどこで迷子になっているのかは分からないが、祐介にとっては、予期せぬ僥倖となった。

 阿里沙と加奈子が、ハッチから出れば、反撃の余地があるかもしれない。しかし、東に奪われた拳銃の存在にも懸念があるのも確かだ。まずは、東の心にある牙城を今よりも少しだけ崩す必要がある。その為には、やはり、共通の男についての話を切り出す他にないだろう。

 東を一瞥し、阿里沙と加奈子が車外へ出た所で、祐介は口火を切った。

 

「......あんたにとっての安部は、どんな存在なんだ?」

 

 頭を僅かに振った東は、単調な口調で返す。

 

「俺にとって、唯一の理解者だ」

 

「......つまり、仲間ってことか?」

 

「違う。生き甲斐だ」

 

 まるで、刷り込まれたような、淡々とした回答だった。


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