「おい、どこ見てんだクソガキ」
銃口を額に当て、祐介の顔をあげた男は、眉を曇らせた。ひくついた唇とは対称的に、両目は男の瞳に映った。怖くとも、決して逃げ出そうとしていない。自身の命よりも、二人をどうすれば安全に逃がすことができるかを優先して思考している。気に入らない。その眼は、東京のあいつや自衛官と、心が同じ場所にある奴の目付きだ。それを、こんな幼さの残る人間がしている。
「......その目をやめろ!」
男の腕が震えだし、祐介は、訳もわからず、首を傾けた。怖いのだろうか、いや、そんな筈はない。
大した確信が得られないまま動くことは出来ず、目を隠すように若干だけ俯けば、男は細い息を吐きだす。その様は、子供の頃に、いたずらを仕掛け、どうにか親の気を逸らせた、そんな安堵の吐息と、どこか似ている気がした。気付かれていないと思っているのは、その時、その場で自分だけだというのにだ。ここを突くしかない。祐介は、藁にもすがる思いで口を開いた。
「安部なら、この奥にいたよ。東」
仲間を失った辛さや、恐怖、それを祐介は深く理解している。正直なところ、阿里沙は祐介がそんな言葉を吐くと考えていなかった。結果が分かっているだけに、あまりにも、冷酷な一言だ。人を思い続けてきた祐介からは、何があろうとも聞きたくはない言葉だった。東と呼ばれた男は、片眉を揺らす。
「この通路の奥に......安部さんが......」
東の口元が僅かに緩むも、それはすぐに音もなく消え去った。
「ああ、間違いない。けれど、そっから先は死者の海だ」
東は目に見えて狼狽する。帰結する答えは一つしかない。途端、東の形相が険しくなり、銃のグリップを使い、祐介のこめかみを強打した。
堪らず、横倒しになった祐介の左耳に重みと冷たい感触が加えられる。
「祐介君!」
「黙れ女ぁ!......おい、クソガキよぉ......よーーく聞けよ?テメエは、今から俺の楯だ。抵抗しなけれは女達の命は保証してやる」
「アンタが約束を守るとは思えないな......」
「おい、立場を理解してんのかよ?お前に選択肢なんざ、あると思ってんのか?」
カチリ、とシリンダーが回る音がした。それでも、祐介は落ち着いた口調で言った。
「なら、先に女を逃がせ」
「馬鹿か?俺は別に死体になったお前を連れて行っても問題ねえんだぞ」
鼻を鳴らして、祐介は反駁する。
「違うだろ?それなら、もう俺を殺してる筈だ。そうしないのは、死者が優先的に狙う対象を知ってるからだろ」
「じゃあ、先に女を殺すぞ?」
「間違えるなよ。アンタらは子供が必要なんだろ?けどな、男はともかく、女子供は九州地方にどれだけ残ってるだろうな。男は何も産み出せないぞ」
死者は、生きたものを真っ先に狙う。つまり、死んだ祐介を連れていこうとも、代わりに阿里沙と加奈子を殺すと脅そうとも、東にとって片側は、不利になり、もう一方は安部の思いを裏切ることになる。どちらも、意味を成さない。
東は、このクソガキ、と喉の奥で呟いた。安部の存在を示唆されたことで、気が急いているのは、間違いない。そうでなければ、口だけの争いだけで、対等に近い立場まで巻き返されることなどなかっただろう。
いや、それだけではない。この短時間で、祐介という少年から、なにかしらの覚悟を感じる。舌打ち混じりに、東は銃口を更に押し当てた。