感染   作:saijya

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第5話

「......きっと、彰一君なら、こう言うだろうね。お前なら、そう言うと思ってた」

 

 阿里沙の返事に、祐介は少しだけ驚いた。確か、坂本君と呼んでいた記憶がある。阿里沙なりに、彰一を身近に感じたいからかもしれない。それは、加奈子も同じ気持ちだろう。祐介は、小さく頷くと、ハッチに手を伸ばし、ポケットのM360の感触を確かめる。

 

 ......これを使うことがありませんように......

 

 ハッチを押上げ、祐介は車上にいる人物へ言った。

 

「早く!中に入......」

 

 その男は、祐介がこれまで出会ってきた誰よりも異質だった。背は低いが、どこか威圧感があり、真っ白な服を着てはいるものの、ことごとく鮮やかな朱色で彩られていた。加えて、前髪から滴る血の奥に目付きは生きているとは思えないほど濁り、全身を覆う白には、所々に膨らみがある。小さな身体に、不釣り合いな筋肉、部活で鍛えた祐介の肉体とは、まるで離れた真逆の体つきは、祐介の記憶の底から、とある記憶と、父親との会話を彷彿させた。

 人をたぶらかし、人を切り刻み、人を誘惑し、人を操る。総じて現場は悲惨そのもの、あらゆる残虐な手口で数十人の人間を、全国規模で殺害し続け、福岡の小倉で身柄を拘束された日本史上に残るであろう大量殺人鬼に関する記憶だ。

 

「先客がいるだろうとは、予想してたが、まさか、こんな餓鬼共だとは思わなかったなぁ、おい」

 

 当時のニュース映像が、ありありと甦る。この男の笑みと、映像でみた皮肉なピースサインが重なると同時に、祐介は飛び降りるような勢いで、ハッチを掴んだ。勢いのまま、車内に逃げるつもりだったのだが、男はハッチを両手で止めた。

 祐介は、瞠目する。ハッチには、祐介の体重がかけられている筈だ。それを容易く受け止めた挙げ句、男の表情は僅かにも動いていない。

 

「なーーんだよ?お前が招いたくせに、俺を見るや否や、バケモノにでも出会した顔しやがってよお......傷ついちまったじゃねえか、ひゃはははは!」

 

 男が言い終える直前、額に、味わったことがない凄まじい衝撃が走った。まるで、首から上が無くなったかのような錯覚に見舞われ、崩れるように、車内に落ちた祐介と同時に、男は軽い調子で車上から飛び降りた。

 

「うっ……ぐううううう!」

 

「おいおい、なに頑張っちゃってんの?ひゃはははははは!」

 

 祐介起き上がる寸前、再び男が拳を振り下ろす。

 

「あぐあああああああああああああああ!」


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