俺は生き残る為に、今も生きている。
「来いよ!この化け物共があ!」
拳を握った瞬間、突然、目の前に迫っていた死者の顔面が弾けた。タイミングの良すぎ、裂帛の雄叫びで音波でも飛ばしたのかと錯覚してしまう。勿論、そんなことはあり得ない。崩れた死者の背後に、達也は我が目を疑う光景を見た。
二人組の自衛官が、手にした銃で次々と死者を撃ち抜いていく。やがて、寝具コーナーに集っていた死者が全て動かなくなると、達也は膝から崩れ落ちる。
「おい、大丈夫か?」
「......大丈夫じゃねえよ、馬鹿野郎......死ぬかと思ったぞ......」
「そんだけ、口がきけるんなら、上出来だぜ?俺らなんか、何度、死にかけたか」
ぐいっ、と達也の腕を引っ張って立たせたのは、もう何年も会っていなかったようにすら思える懐かしい仲間の顔だった。込み上げてくる喜びを圧し殺しつつ、達也は口元を震わせた。
「なんだよ......すっげえ格好だなお前ら......暴徒共と見分けがつかねえぞ......」
「人のこと言えないだろ。無事でよかった」
トン、と胸を叩かれた達也は、そこから熱が広がっていくのを確かに感じた。俺はまだ、生きている。そう実感する。
「無事でなによりだ、達也」
「ああ、お前らこそな、浩太、真一」
※※※ ※※※
戦車に音と振動が伝わった。祐介は、死者でも落下したのだろうと、気にはしていなかったが、断続的にハッチを踏みつけるような音に変わっていった。怪訝に眉根を寄せた祐介は、人差し指を唇に立てて二人へ振り返りながら、掌を見せた。
耳を澄ませば、死者達による伸吟の合唱が、増えはじめていることに気づく。間違いない、生きた誰かが戦車のハッチを蹴破ろうとしている。祐介は、この中間のショッパーズモールにいた者で、もはや、まともな人間は残っていないと考えている。蹴破ろうとしている者も、当然、そうなのだろう。そこで、ちらり、と二人に視線を送り、都合の良い言い訳の材料にしているような自分が嫌になった。
いつまでも、弱いままではいられない。ここで、生き延びるには、車上にいるであろう人物を見捨てることが正解だ。
だが、ハッチから双眸を引き剥がしはしたものの、祐介は耳を塞げなかった。何度も何度も、響いてくる音の一つ一つに、例えがたい怨みが込められている気がしたからだ。
「彰一......お前ならどうする......?」
不意に出た名前を呟き、祐介はハッチを仰いだ。
ギシ、と揺れる一つの箱のように戦車が揺れる。この小さな箱が、安全の全てだとすれば、人間としてとるべき道は、一つしかない。
生き残る為の正解は、見捨てること。しかし、人として生きるならば、正解は瞬く間に反転する。
「阿里沙、加奈子ちゃん、上にいる人を助けたい。良いかな?」