続けて味蕾に広がる鉄の味、鈍器のような物で顔面を突かれたと認めた頃には、尻餅をついて倒れていた。犬歯がぐらついている。田辺が見上げた時、額に冷たく丸いものが押し付けられた。
「田辺君!」
「田辺!」
「動くな!」
浜岡と斎藤の声に、ぴしゃりと檄を飛びしたのは、田辺を倒した人物とは違う男だ。エントランスホールの出入り口に二人、合計三人の男に加え、背後から野田と共に行動していた外国人も加わる。
「残念だったな、田辺......」
「......まさか、ここまで容赦なく配置されていたとは思いませんでした......」
「違う。彼らは、最初から貴子の部屋を見張っていた」
「......つまり、僕がここを訪ねることは、想定していたと?」
「当然だろう?お前が一度、ここを訪ねた時から見越していた。さて、車を用意してある。それに、乗ってもらおうか」
肩を掴まれ、乱暴に引き上げられる。顎の下には、当たり前のように銃口が添えられていた。
「どこへ連れていくつもりだ?」
斎藤の問いに、野田は口角をあげる。
「とても楽しいところだ。いや、それはお前達次第かな」
マンション前には二台の車が停められていた。ハイエースの後部に三人が詰め込まれ、男が二人乗り込み、銃を突きつける。
「随分、息苦しい空間だな......」
「そうですねえ、ここに女性が一人でも居れば、少しは穏やかな空気になりますかね?」
「おい、私語は慎め」
浜岡のこめかみに、ごつりとした硬い感触が伝わり、苦笑を洩らす。野田が乗った車から、高く鳴らされたクラクションを出発の合図に、三人と二人を乗せたハイエースが走り出した。
※※※ ※※※
達也の喉に、死者の歯が迫る。
額を押さえ、右の拳で頬を撃ち抜き、前蹴りの要領で死者を突き放し、どうにか寝具コーナーからの脱出を図るも、それは呻き声をあげて達也を狙う死者により阻まれる。
やはり、八人を相手に、素手で立ち向かうなど無謀な話だった。怯ませることは出来ても、相手は痛覚等持ち合わせていないのだ。痛みで踞ることはない。
「クソがぁ!」
両手で押し、少しでも距離を作るも、そこまで広さもない寝具コーナーで達也は徐々に追い詰められていく。壁に詰められれば、必ず押しきられてしまう。まるで、将棋の王将にでもなった気分だった。
ベッドを飛び越え、着地先にいた死者を蹴りつけ、とどめを刺そうとするが、新たな死者が常に達也に迫る。
とにかく、今、早急に必要なのは武器だ。
ベッドを破壊するか、それでは時間があまりにも足りない。ならば、マットに入ったスプリングを取り出す、それも時間が必要だ。そんなことに意識を向けていては、死者の餌食になる。運悪くローラーが着いたベッドもない。
なにもかもが、達也から生を奪う方向へ進んでいっている気がしてならない。
この地獄とかした中間のショッパーズモールで、東という死神に再会したあの瞬間から、自分は、着実に死へと歩んでいるのだろうか、などという言葉が脳裏に浮かび、頭を振って、それを吹き飛ばした。
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