浜岡の最終的な判断基準は、瞳の色だった。碧眼の覆面となれば、自ずと正体は判明する。野田は恐らくアメリカにもなんらかの手を打っているのだろう。利用するとすれば、それも九州地方に強い影響を及ぼすものとはなんだ。すぐさま思い浮かんだのは、隠蔽工作だ。アメリカの物資は、世界でも高い水準にあり、それこそ、軍が所有する武器の数も膨大な量だろう。しかし、一軍を、死地に送り込むなんて真似はするはずがない。とすれば、理想は少数精鋭か、攻撃ヘリを使用しての遠距離による射撃に限られてくる。感染者を九州から外へ出さず、尚且つ、生存者の口を塞ぐには、それくらいが妥当かもしれない。たが、しかし、待てよ。田辺は、そこで一度頭を振って、再度、思考の波に飲み込まれていく。
それでは、生存者を逃す可能性は、間違いなく低下するだろうが、いまひもつ確実性に欠ける気がした。アメリカが持っている特別なものはなんだろうか。それも、九州地方の生存者や、動き回る死者へ確実な死を与えられるもの。答えに行き着いた田辺の顔付きから色が消えていく。
「そうか......そういうことか......」
田辺の囁くような声量に、野田は振り返った。
「なにか言ったか?田辺」
「野田さん、まさか、貴方は......」
「......俺が、なんだ?」
アメリカには、世界のタブーともいえる、とあるものが存在する。日本にのみ降下されたそれは、いまでも世界に脅威を振り撒いており。たびたび論争の材料にもなる。そして、なにより、絶大で途方もない威力があり、現在の九州地方で爆発させれば、様々な問題を一気に解消させることも可能かもしれない。
自分の深読みだけであってほしい。だが、それが事実であった場合を想定すると、田辺は全身から力が抜けたような気分にはなった。
「いえ、なんでもありません......」
疑いの視線が強くなったのだろうか、野田は目付きを細めたが、それ以上はなにも追求することもなく、玄関へと歩き始めた。三人は斎藤を先頭に縦に並んで玄関を抜ける。最後尾に立つ田辺は、服越しに突きつけられた銃口の冷たさを感じならが、不安顔で見送る貴子へ一礼し、エレベーターへ乗り込んだ。
「田辺、お前とは長い付き合いだよな」
「ええ、そうですね」
エレベーターの点滅が始まる。一階までは、ものの数秒で到着だ。最初に行動を起こしたのは斎藤だった。エレベーターが降下を始めた直後、最後に乗り込んだ覆面の男に前蹴りを見舞い、肩でぶつかり動きを封じる。狭いエレベーター内部では、覆面の屈強な肉体も、大きく武骨な銃でさえも、ただの障害、加えて野田が乗っていることにより、発砲すらも躊躇われた。浜岡は、斎藤の援護に回り、突然の事態に瞠目していた野田には、田辺の頭突きが直撃した。
「ぶはっ!」
野田の悲鳴と共に、エレベーターは一階に到着し、扉がスライドしていく。まるで、身体を捩じ込むかのようにエントランスへ駆け出した三人の背中を指差しつつ、野田が叫んだ。
「逃がすな!」
田辺は、全力で走り、遂にエントランス出入り口へ到達する。自動扉の開閉すら、もどかしい程だ。そして、扉を抜け、階段に差し掛かった瞬間、田辺の眼界に濃厚な黒が広がった。