感染   作:saijya

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第21部 真意

「田辺、お前の行動力には、素直に敬意すら覚える。本当に素晴らしいと思う」

 

 野田は、ソファーに腰掛けたまま、こもった声で言った。足元には、後ろ手に縛られた田辺が仰臥している。その隣には、浜岡や齋藤も並ばされていた。野田の背後には、銃を持った覆面の男が一人、リビングへ繋がる扉の前に立つ貴子の護衛のように睨みをきかせている。

 初めて、目の当たりにする銃の恐ろしさは、途方もなく切迫した状況を瞬く間に作り上げた。

 

「さてと......浜岡さんは初めましてかな?」

 

「そうですねぇ......お会いできて光栄ですよ野田大臣」

 

 微笑んだ浜岡に対し、野田は目を剥いて微笑した。

 

「田辺から聞いていた通りの人間だな。変な所で肝が座っているように見える。政治の世界に来ていたら、大物になっただろうな」

 

「いえいえ、緊張はしていますよ。そう見えるのは、こちらが必死に隠しているだけです」

 

 浜岡は微妙な表情を壊さずに、悠然と返す。そんな様子に、面白くなさそうに鼻を鳴らした野田は、つい、と目線を齋藤に移し、それにしても、と前置きを挟んだ。

 

「まさか、警察まで味方につけているとは、さすがは記者といったところか。なあ、田辺」

 

「野田さん......彼らは無関係です。僕が振り回しただけの、いわば被害者です......なので......」

 

「見逃せ......とでも言うつもりか、それは、あまりにも虫が良い言い分だな」

 

 田辺は、降ってきた野田の言葉に、奥歯を噛んだ。今はこうして話をしているだけだが、必ずどこかで、なんらかの踏ん切りはつかされるだろう。その手段がなんであろうと、三人にとって最悪の結果を招いてしまうだろう。野田の背後にいる男の銃が火を吹くか、九州地方を崩壊させた薬品を、身体に射ち込まれるか。どちらにしろ情報を握った人間、ましてや、記者の口を塞ぐには、大金を積み上げるよりも、喋れなくした方が早い。田辺は、野田を上目使いで睨目付ける。

 

「貴方は......変わってしまいましたね......」

 

 ピクリ、と肩が揺らした野田が顔を逸らす。

 

「俺は、なにも変わってなどいない」

 

「いや、貴方は変わってしまいましたよ。昔の貴方は、誰よりも輝いていましたし、きちんとした理想や主義も心に根付いていました。そんな所に、僕は憧れた。それに、良子さんも......」

 

 良子の名前が出た途端、野田の両目に、瞋恚に燃える炎が宿るも、田辺の口調も熱を帯びていく。

 

「昔の貴方が今の貴方を見たら、忸怩たる思いで......」

 

「お前が良子の名を口にするなぁ!」

 

 田辺の声を遮ったのは、野田が渾身の形相で降り下ろした拳だった。表情が歪むが、構わずに髪を鷲掴みにし、強引に面をあげさせる。

 

「お前が!奴を!ああまで追い詰め無ければ!良子は!殺されることもなかったんだ!お前が!お前がぁぁぁ!」

 

 一呼吸ごとに打ちつけられる拳頭と怒声を浴びながらも、田辺の眼力から光はなくならない。鼻や切れた唇から血を流しつつ、怯まずに野田の目を見続ける。

 

「野田さん......貴方は......貴方は間違っている......!」

 

「こ......の......野郎があ!」

 

 高く翳した右手を下ろす直前、田辺の返り血が付着した拳を、身体ごと止めた貴子が嗚咽まじりに言った。

 

「もう......やめてよ......お父さん......!どうして......?どうして田辺さんを......」

 

「......貴子」

 

「田辺さんから、いろいろ聞いたよ......お母さんがいなくなったのは、田辺さんのせいじゃないよ......だから、これ以上、お母さんの名前で田辺さんを殴らないで......!」




第21部始まるよ!!

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