感染   作:saijya

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第12話

 東が小学三年生になると、とある出来事が起きる。上履きが靴箱になかったのだ。影には、クラスの男の子数人の姿があり、それは次第にエスカレートしていく。閉鎖された空間では、限られたコミュニティが必ず作られ、他者と違うものは排除される。それは、東とて例外ではなかった。繰り返される暴力は、子供だからこそ容赦はなく、日々摩耗していく精神を保つ為に、東は勉強の傍ら、動物に目を着けた。

 最初は、学校で飼育されていた兎だ。兎と触れあうことで生命を学ぶ、という名目の道徳の授業中、東は抱いた兎を、故意に頭から落として死亡させた。周囲から同級生が逃げていくが、そこでも東は無感動だった。しかし、ある種の疑問を覚える。兎が落下した時、東は一瞬だけ色を見た。瞬きにも満たない時間だったが、確かにその瞬間だけは色があった。いつ崩れるか分からない古い吊り橋の上で、恐怖で緊張しつつも、得も言われぬ興奮で、身を焼かれたような気分になり、やがて、不意に湧いた心の疑問を追求することに、倒錯していくことになる。

 東は身体を鍛え、一年が経過するころには、話し掛ける者はなくなり、より深く「色」を求め始めた。そして、こう考えることになる。

 

「俺は無色だ」

 

 東は、いましがた仕留めた使徒の首を強引に引きちぎり、まるで、ボーリングの玉でも持ち上げるような軽さで、眼球に左手の中指と薬指を突き入れた。

 

「色ってのは、誰もが意識に持っている選別機能の一つにすぎない。有色人種、黒人差別、全員が表面しか見えていないだけだ」

 

 誰に語りかけるでもない口調で語っていた東の背後に迫った使徒へ、振り返り様に、引きちぎった頭部をぶつける。横倒しになった使徒は、真っ白な衣装に鮮やかな朱を散らしながら動かなくなり、無頓着に見下ろしていた東は、衝撃で砕けた頭を捨てて、倒れた使徒の顎を両手で持ち上げる。

 

「それすらもない俺は、必死に色を探し求めた。けれど、どれだけ着色をしようと、そんな塗装はすぐに剥がれてしまう。こんな使徒でさえ、持っているものが、俺にはない」

 

 ブチブチ、と力任せに使徒の頭部を引き上げていき、露出した背骨を踏み砕けば、新たな武器の完成だ。人間の頭部と、ボーリング玉の質量は、ほぼ同じだ。これでも、立派な武器になる。

 

「俺にとっての色は、生きる為の目的だった......殺しは、俺にとっての塗装だということに気づいたのは、アンタと出会ってからだよ、安部さん」

 

 自衛官を押し出した後に、東は対面の階段へと走った。安部の姿が見えない以上、探すとなれは、相応の時間が必要になる。時間をかける、それは使徒に襲われる確率を飛躍的にあげることと同義だ。僅かでも障害になり得る事態は、回避する。そこに至ったからこそ、東は自衛官という生身の楯を捨てた。

 すべては、安部と再び出会い、安部の理想を叶える、その目的を達成するためだ。東にとって「色」は生きる意味、安部という男は、初めて自身を必要だと言った人間だ。

 誰かに求められたこと。それこそが、東の生き甲斐となった。

 

「孤独ってのは、身体に染み込むと何も見えなくなる......アンタは、一人になっちゃいけねえんだよ......だから、安部さんよお......近くにいるなら返事をしろよ!」

 

 東の声に反応したのか、階下から多数の足音が響いてくる。短く舌を打った東は、階段の踊り場で頭を抱えた。冷静を欠いている。一度、どこかで落ち着かなければ、安部を探す所の話ではない。効率良く、生き馬の目を抜くには、どうすれば良いだろうか。

 東は、しばらく頭の中に叩き込んでいた地図を思い浮かべ、ある場所にいきつき口角をあげて走り出した。




次回より第21章「真意」に入ります!!
東走ってばっかだなw

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