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「大地......嘘だろ......」
達也は失意の底に突き落とされた気分だった。手を伸ばしても届かない場所から、大地が高波のような暴徒の群れに飲まれる様を見てしまった。それも、新崎の裏切りによってだ。
墜落事故を引き起こし、数多の人間の命を間接的に奪った挙げ句、ここでまた、一人の生を犠牲にした。一体、どれだけの人間を殺せば気がすむんだ、と憤る達也の背後で東が笑う。
「ひゃはははは!なんだ、ありゃ!傑作だな、おい!」
「テメエ!」
「間違えるなよ自衛官よお......お前が怒りをぶつけたい相手は、追われた鹿みてえに逃げた奴だろ?」
振り返った達也の眉間に銃口を押し付けつつ、東は新崎の姿に対して諧謔を弄してみせ、達也は、ぐっ、と口の中に怒りを溜めて呑み込んだ。
「それに、使徒に埋もれちまった、あの男は、いずれ同じ末路を辿ったろうしな。断言してやるよ、あいつは生き残れてはいなかった」
「......どうしてそう言い切れる?」
東は、鼻で一笑する。それが、ひどく達也の心中を揺さぶった。
「あいつは、見るからに気弱だ。これまでは戦車っていう要塞に籠ってたんだろうよ......一度、追い出されれば、メッキが剥がれるのは、当然だろ?逃げた奴の方が、よっぽどこの世界に向いてる」
「......人が仲間を裏切る世界に、向き不向きなんざねえよ!」
「いい加減に現実を見ろよ自衛官よお......何が当たり前で、何が常識なのか、なんて哲学が通用してたのは、もう、過去のことだ。秩序の崩壊ってのは、同時にいろんなもんを人間から取り上げちまうんだよ」
溜め息混じりの東の言葉が突き刺さる。感情論で語れることは、もはや九州に存在しないのだろうか。階下から響く暴徒の唸り声が大きくなっていく。逃げた新崎の後を追い始めたようだが、既に新崎の姿はなかった。
肩にのし掛かる罪の重さに耐えきれる者だけが生き残れる、そんな世界にした張本人は、今ものうのうと生きている。
「人ってのは一秒ごとに死へと確実に歩いている。結局、どんな場所にいてもそれは変わらねえんだよ」
東の視線が僅かに下がる。
大地を身体を貪る多くの暴徒の中には、白い服に身を包んでいた者がいた。話振りから察するに、それは彼らにも向けられた言葉なのだろう。達也は、堪らず東に叫んだ。
「テメエに罪悪感はねえのかよ!」
「さあ、どうだろうな......さてと、上手くやれば、戦車を奪えそうだったが、置いて逃げたってことは、壊れちまったみてえだな......手っ取り早く安部さんを探せそうだったが予定変更だ」
そう言うと、東は周辺に目を配る。それでも、達也への警戒は外さない。
「さっきから、至るとこで聞こえる悲鳴に混じって、なんかがぶつかったみてえな音がしてるし、銃声も僅かにあるってことは来客あるみてえだな」
さも渋難そうに、東は小さく舌を打ち、達也の眉間から銃口を離して数歩だけ下がる。
「お前には、俺の盾になってもらう。先を歩けや」
達也は、渋々といった調子で従った。矢面に立つこの行動には、達也なりの思惑がある。