「そう、東は暴力の中で生まれる苦しみを、怒りを、悲しみを、時には楽しみを、全て観察してきている。云わば暴力のスペシャリストです。歴史上、秩序がなくなった時、決まって横行するのは......残念ながら、そういった暴力です」
安全が崩壊すれば、世界は笑えてしまうほどに逆転する。今まで、人を殴ったことも、ましてや殺すなんて考えられない、そう主張していた人が、生き残る為だと免罪符を掲げてしまう。
それが、生きた死体が蔓延る九州地方の現状なのだ。そして、もともとそちら側に属していた人間にとって、世界から弾かれていた人物にとって、世の中が自らに近寄ってきたことにより、生きやすい世界になったことだろう。田辺の発した補足は、単なる憶測に肉付けをする結果となり、なるほど、と斎藤が腕を組んだ。
「警察は終わった事件には、あまり関わらないからな......特に、奴のような特殊な人間は冤罪の可能性すら無い。ずっと務所暮らしだと思って考えから外していた」
言い訳がましい斎藤を無視して、浜岡が話しを進める。
「それは、大臣も同じ考えだと思っているのかな?」
田辺は、暗い目元を揺らした。
「それはどうでしょうね......少なくとも、これだけで満足するとは思えません......浜岡さんには伝えましたが、彼は一度思い込んだら、自身を苦しめようとも、必ず遂行する男です。必ず、まだ何か行動を起こします。現地に赴いて、東を直接殺すことすら厭わないでしょう」
浜岡が尋ねる。
「現地って......九州に行くってことかい?それは、いくらなんでもないだろう」
「彼なら、そのくらいはやってのけますよ」
確固たる自信を持って上司の質問を一蹴するも、浜岡は得心がいかないようだった。
首を傾げて言った。
「さっき話した東ではないけれど、こちらが大臣の立場なら、まず刺客を送り込むよ?なんらかの条件で縛った相手が脱出する直前に、新たな任務を与えるかな。そうすれば、刺客も必死になるだろうし」
「......例えば?」
田辺の質問に、浜岡は少しだけ唸ったあと答えた。
「......生きている人間を全て始末しろ、とかね。感染の被害を防ぐ為とか、理由はなんでも良いし、そうしなければ、条件を満たしていないとも言える」
「いや、それならば、連絡手段が必要になるだろう?」
斎藤が割って入る。その言葉に、浜岡も、ああ、と短い声を漏らした。
通信手段すら断たれた九州地方に、どうやって刺客に指示を飛ばすんだ。一向は押し黙る。田辺の言う通り、直接乗り込むつもりだろうか。それとも、核爆弾でも投下して九州地方を焼き野原にでもするのか、そんな不安を振り払うように田辺は頭を振った。悪い想像ばかりが、意思をもったように膨らんでいくが、先を顧慮する余裕はない。