「酷いですよ......僕は文学少年で体育会系ではないんですよ?」
そう言いつつも、田辺はどこか嬉しそうにしていた。浜岡が満足そうに頷く。
「なら、気合いも入ったところで、話しを続けようか。田辺君、君の説明だと、もう大臣の復讐は終わったのではないかな、と思うのだけれど、君の意見はどうだい?」
殴られた頬を擦りながら、田辺は浜岡に向き直った。
「いえ、僕には東が死んだとは思えません」
「......その根拠は?」
斎藤の疑問を受けた、田辺は座り直すと続けて言う。
「東の犯行手口は実に様々でした。誘拐した二人組を殺し合わせる。時間をかけて、人間を痛め付けて殺す、監禁した男を精神的に追い詰めて、最後には殺してくれと口にさせる等があります。全て本人の自供です。逆に言えば、良子さんの時のように、一気に事を終えるほうが珍しい......しかし、ここでひとつの共通点が浮かび上がります。何か、分かりませんか?」
この質問に、斎藤は首を傾げたが、浜岡は引っ掛かるものがあるような苦い顔をした。それに気付いた田辺は、顎を引いて浜岡に答えを促す。だが、この予想が当たっていれば、本当に恐ろしいことだ。とても、人間が人間に対して行っているとは考えられない。喉から絞り出す為に、唾を呑もうとすることさえ憚られる。
浜岡は、被害者の気持ちになると、とてもじゃないが耐えられないと思った。フィクション、という文字が一気にボヤけていき、はっかりと眼前に突きつけられたような気分になる。思索を巡らせることさえ出来なくなり、浜岡は斎藤を一見した。無意識の内に、助けを求めてしまっていたのだろう。自らの日常から遠くかけ離れた想像は、それほどに辛かった。
「......浜岡さん」
田辺の一押しが入り、ようやく、浜岡は吐息を一つ吐き出してから、喉を震わせた。
「......斎藤さん、貴方は気付かなかったのですか?」
「......何をだ?東の被害にあった人間がどのような状態だったかは覚えてはいるぞ」
思い出したくはないが、と濁した斎藤もまた、犯行後の凄惨な景色が脳裏に焼き付いているのだろう。これから、浜岡が話すことは、その裏側、被害者の視点ではなく、加害者の視点で語られることだ。
浜岡は一息吸って口を開く。
「つまりですね......全ての殺人において、東自身が立ち合っているという意味ですよ」
「それは、当然だろう?」
「斎藤さん、視点が違います。これは、東の気持ちになって考えてみて下さい」
「東の......?」
斎藤は眼を伏せると、顎に手を当てた。東の視点、つまりは、殺人鬼に自分を置き換える。享楽的に行われる殺人、その裏には、なんらかの思惑があるのだろうか、としばらく黙考した斎藤はある結論に至り、電気にでも弾かれたように顔をあげた。
もう一作に手間取ってました!