貴子がショックを受けない筈がない。
「そうは言っても、要の二人がこんな感じですからねえ......田辺君、ふんぎりはつけられるかい?」
「浜岡さん......」
「なんにせよ、どこかで区切りは必要だよ?それは田辺君自身も分かってることだよね」
記者は、時に心と身体を切り離し、その上で相手との距離感を計る仕事だ。それが出来なければ、様々な人としてのバランスが磨耗し崩れてしまう。成り立たない仕事ほど、辛いものはないのだ。
「ええ......それはわかっています。ですが......」
田辺の言葉を遮るように、斎藤が言った。
「田辺、俺は立場上......いや、違うな。性格だ......性格上、お前から聞かされた一連の話が事実なのであれば、俺は戸田と田辺を許せない。そして、確かめずにいられない。だから......腹を決めた」
まるで、宣言をするかのように立ち上がる。
「たとえ、お前がここで降りようとも、俺は独自に奴等を追い詰める覚悟がある」
その告白を、田辺は、ぼんやりと見上げたまま聞いていた。
斎藤は、もちろん理解している。これは、野田貴子と懇意の仲ではないからこそ言えることなのだ。しかし、それは、何かを成し遂げるのであれば、犠牲を払う覚悟をしろ、という斎藤から田辺へのメッセージでもあった。たとえ、貴子にどう思われようと、抱えた問題にぶつかっていくしかない。そして、田辺自身も追い詰められている。お前が暴いた事件の裏には、立場を捨てるだけの価値がある、と暗に伝えられているのだから当然だろう。
「田辺......これからも顔をあげてあの娘を向き合いたいなら、どうすれば良いか分かるはずだ。逃げるなんて真似はするな」
「......斎藤さん」
二人の間に入るように浜岡が口を出す。
「その通りだね。こちらは、二人とも腹は決まっている。あとは、君次第だよ。まあ、君が降りるなら、そうだねえ......こちらだけで彼らを詰めるという結果になる。まあ、なんの作戦も立てようがないから、すぐに揉み消されるか、潰されるかのどちらかだ」
いつもの軽い口調だが、どっしりとしたその瞳の黒目は全くぶれない。ほんの少し力をいれれば、すぐさま震えるものすらが、揺れてすらいない。これが、覚悟の重みというものなのだろうか。田辺は、巧笑を浮かべると立ち上がった。
「......迷惑をお掛けしました。もう、大丈夫です。そして、改めてお二人へ言います」
田辺は、腰を折って頭を下げた。貴子にしろ、浜岡にしろ、斎藤にしろ、今回の件に巻き込まれた発端は、田辺が原因と言える。ここで、闘いを始める口にしてとおきながら自分が折れてどうする。なんとも、情けない男だ。さきほどまでの自身が恥ずかしい。
「改めて、僕に力をかしてください!お願いします!」
斎藤が、ニッ、と唇の端をあげる。
「なら、気合いいれようか」
その声に顔をあげた瞬間に、田辺の左頬に硬い拳が当たった。
「どうだ?少しは気合い入ったか?」