感染   作:saijya

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第4部 隔離

 国道322号線を抜けたトラックは、城野を抜け旦過に入った。いつもは人が行き交い活気のある場所だが、今は静寂に包まれている。

 魚の売買の為に朝早くから準備をしている訳ではなく、誰一人として生きた人間がいないからだ。小倉北警察署に行こうかとも考えたが、それよりも早く関門橋に行くことを優先すべきだと主張した真一に従い、浩太はハンドルを切った。

 ここまでくる間に生存者がいないかと目を配り、城野駅の奥、サンリブというデパートを中心に回っていたのだが、既に噛まれている者、喰われている者、暴徒の仲間になっている者、と生きているまともな人間には出会えなかった。

 

「くそ、誰も応答しやがらねえ!」

 

 苛立たしげな真一は煙草のフィルターを噛み切り、荒々しくトラックに備えてある無線をダッシュボードに投げつけた。基地を脱出してからというもの、常に連絡が取れる 状態を保ち続けていたのだが、ついに諦めてしまったようだ。

 

「基地から脱出したのは、数台しかなかったからな……散々になっちまったんだろ」

 

「浩太は何台出れたか覚えてる?」

 

「数台って言っただろ。覚えてない」

 

 必死だったしな、と苦虫を噛み潰した顔をした。確かに、あの状況で冷静に現場を見詰められる訳はない。仲間が暴徒の餌食になっていく様は、思い出したくないものだった。

 門番に襲われた坂島の金切り声が焼き付いている気がして、浩太は耳を千切ってしまいたくなった。

 

「一体なんなんだよこれは……ロメロだってこんな状況見たら絶句するだろうぜ」

 

「……だろうな。俺だってまだ夢なんじゃないかと思ってる」

 

 浩太は言いながら前方に見えてきた小倉駅を眺めた。歩行者デッキに、歩いている数十名の影がちらついているが、間違いなく生きてはいないだろう。バスターミナルを右折し、トラックをチャチャタウン方面へ走らせた。小倉の名物デパートとも言えるコレットの外壁と地面のタイルは至るところが紅くなっている。そんな中、数名の暴徒が自転車置場の前で座り込んでいた。中心に何があるのかなど見なくても分かる。

 暴徒に死んでからも身体を奪われ、魂だけとなった人間が最後に憑拠する場所を取り上げる資格はないと、信号の真横に車を停め、浩太は89式小銃を取りだし、集団へ向けてマガジンが空になるまで撃ち続けた。

 動かなくった暴徒達の代わりとばかりに、小倉駅の階段を集団が駆け降りてくる。数えるのも嫌になった。

浩太は、トラックを発進させる前に中心にいた人物を見た。若い女性だ。右腕と左腕は強引に奪われ胃袋に消えてしまったのだろう。

 トラックは集団を撒く為に、コレットの前の公園を抜け、大通りに出ると左折し、浅香通りを上がり、右に曲がる。ルート的には遠回りだが、こればかりは仕方がない。

先回りする知能を持ち合わせていないのは、ここにくるまでに確認済みだ。

 砂津橋を渡れば、チャチャタウンはもう目の前だった。そこで二人は奇妙な光景を目撃することになる。前方から二人が乗るトラックと全く同じ型が、こちらに走ってきている。あれほど、無線で呼び掛けたというのに、こんなに近場にいながら応答しないとは可笑しな話だと、浩太は胸にざわつきを覚えた。砂津橋を越えたトラックへ真一が連絡をとる。

 

「おい、お前ら無事か?話せるなら応答してくれ」

 

 スイッチから指を離し、受信に切り替えるが、雑音すら聞こえないということは、あちらはスイッチを入れてはいないようだ。




第4章始まります

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