感染   作:saijya

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第4話

 安部と名乗った長身の男は、ふいっ、と加奈子から目を切り、彰一を見据える。その視線は不自然に下がっていき、手元で定まった。

 ああっ、と一拍置いた彰一は、銃のマガジンを抜き、弾丸が空になっていることを証明する。そうした理由は一つ、加奈子への奇妙な反応からだ。ここで相手に武器を抜かれては、三人にまで被害が及ぶ可能性がある。それに加え、噛まれた影響からか、彰一の視界には異変が訪れていた。距離をとるか、安全が確認出来るまで、安部に勘ぐられぬよう警戒をするしかない。

 

「安部さんって言ったな?早くここを離れたほうが良いんじゃないか?」

 

 安部は、目尻を下げて返す。

 

「いえ、まだ大丈夫でしょう。車の出入り口は狭く、ましてや、窓から一斉には入れません......入れたとしても、車内も広いとは言えないので力が集中することもありません。したがって、彼らがシャッターを破ってくるのは、まだ先でしょう。時間はありますよ」

 

 彰一は、心の中で舌打ちする。ショッパーズモールに籠城し、死者をやり過ごしてきただけなら、提案に乗って移動を始めると考えたが、そうではないようだ。死者の扱いに、幾らか心得がある。落ち着き払った態度が、それを如実に現している。生きた人間というのは、死者よりもやりづらい。

 

「......アンタ、奴等に馴れてるな」

 

「奴等?......ああ、使徒である彼らのことですか」

 

「......使徒だと?」

 

 彰一は、安部の言葉に耳を疑う。同時にこうも思う。

 こいつは、サタニスト(悪魔崇拝者)だろうか。だとすれば、厄介な奴に助けられてしまった。

 悪魔と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは生け贄だろう。そして、生け贄の定番と言えば、女や子供だ。そう考えれば、さきほどの視線も納得がいく。彰一は、きわめて注意深く周囲の観察を始めた。

 奥に続く通路からは、死者がくる様子はない。逃げるならば、真っ直ぐに走り抜ければ良い。左手には、UFOキャッチャーがあり、ゲームセンターであろうことが分かる。右手にあるのは、サイクリング用品店だ。

 

「彼らは、この乱れた世界に鉄槌を下すために現れた使徒ですよ」

 

「なんだ、そりゃ?なら、今、生きている俺達は一体なんなんだ?」

 

「ここまでの道程では、神の選別に選ばれていた者です。そして......ここでアタシと出会ったということは......」

 

 安部が、加奈子をひと目見た瞬間、僅かな隙を逃さずに、祐介が刺すように鋭く、有らん限りの力で叫んだ。

 

「走れ!!」

 

 突然の大声に、安部は気を逸らされた。彰一がこの一団のリーダーと思っていた為に、一人とのやり取りに集中してしまっていた。祐介と呼ばれていた少年は、加奈子という少女を抱えながら起き上がると、すぐさま、ゲームセンターへと走り出す。狼狽から、拳銃を抜くまでに数瞬の間があり、彰一が放った右の前蹴りを浴びてしまうも、銃だけは、しっかりと引き抜き、照準を合わせ引き金を引いた。短い炸裂音、ほとんど間を開かずに、最後尾を走っていた彰一の左肩を背中側から弾丸が貫く。

 そのまま、倒れかけた彰一の右手を引っ張り、UFOキャッチャーを盾のようにして、身をかわさせたのは祐介だ。


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