感染   作:saijya

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第8話

 何故だ。何故、ここにあいつがいる。新崎が混乱するのも無理はないが、瞬時に合点がいった出来事を思い出す。そうか、依頼主が派遣したアパッチを振り切って関門橋から離脱したトラックに乗っていた人間というのは、奴のことだったのか。

 あいつが、大人しく死んでおけば、俺はこんな危険な状況になることもなく任務を遂行できていたというのに、古賀達也のせいで全てが瓦解したのだ。

 古賀、古賀、古賀、古賀、古賀、古賀!

 

「古賀ァァァァァァァ!!!」

 

 新崎は怒りに任せて、制止する大地を振り払い、89式小銃を持ち上げた。すぐさま、達也は身体を引っ込める。ここまで生き延びただけあり、見える脅威に鋭敏に反応を示した。そして、新崎が自らの軽率な行動を後悔したのは、引き金を引いてからだ。僅か数発、それだけだ。それだけで、今の九州地方では限りなく命取りになる。数秒が圧縮された静謐な空間ができる中、報知器に張り付いていた死者の一人がゆっくりと振り返った。

 裂かれた腹部から垂れ下がった臓器は地面を擦り、強引に引きちぎられた鼻は、ぽっかりと空洞になっている。乱れた前髪から滴る血液の奥にある白く濁りきっている眼球が、ギョロリ、と車上にいる二人を捉える。沸々と沸き上がる恐怖が、それを助長しているのだろうか、新崎は一連の流れをスローモーションで見ていた。上顎と下顎が離れ、カチカチと鳴らされていた歯の音の代わりとばかりに、死者の一人が凄まじい獸声をあげ、車上に立つ二人の自衛官へ向かってくる。芋づる式に周囲の死者が集まり始めた。

 

「う......うあ......うああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 大地は悲鳴をあげた。やはり、車内にいた方が安全だった、そんなことを言う余裕もない。まだ、距離はあるとはいえ、数百人に近い規模だ。囲まれるのは時間の問題だろう。

 新崎は、再び達也がいた頭上の連絡通路を一瞥した。

 今までを宛先もなく歩いているだけだった縹渺たる原野の草を刈り取り、大地が見えたような感覚だった。

 同じミスはおかさない。自らが生き残る為には、必ず、刈らなければならない男、奴を確実に殺すには、まずは、ここをどう切り抜けるか。肩に掛かる鞄の重さは、逃げるには具合が悪い。断腸の思いで、新崎は鞄をその場に置き、すっ、と破壊されたバリケードを指差して言った。

 

「......坂本、先にあそこまで走れ」

 

 大地は耳を疑い反駁するよりも早く、新崎は腰から下げていた手榴弾一つを死者の群れへ投げた。ずしんと腹に響く破裂音に混じり、新崎が続ける。

 

「あれが、最後だ。もう隠し玉はない。じきにここも囲まれるだろう。だから、お前が先に行くんだ......」

 

「......隊長?」

 

「悪かったな、こんなことに付き合わせて......お前だけは生きろ」


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