感染   作:saijya

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第9話

 死者に溢れ、自身が生き残る為に人を殺める。そこに謝罪など存在しない。咎めるなどあるはずもなく、急に降ってわいた殺戮に流されているだけだ。社会はなんと脆いものなのだろうか。一度タガが外れれば、こんなにも崩れていき、立派なサイコパスが出来上がる。

 生き残った連中は、例え、この九州地方を脱出できたとしても、心的外傷後ストレス障害(PTSD) により、まともな生活などできるはずがない。これは、恐ろしい病気だ。今でも、沖縄の老人は花火の音を聞くだけで震えが止まらなくなる者もいるという。

こうした中で、端から世間のコミュニティーから逸脱していた東は、徐々に人間らしさを取り戻しつつあった。周囲が東と同じ人種になっているからだ。つまりは、単純で純粋な人殺しが蔓延している。

 強化プラスチックの板の下部にある隙間へ、僅かに指を掛けていた東は、裂帛の雄叫びとともに、身体を持ち上げ、二階へとよじ登り、すぐさまベルトに挟んでいた拳銃を抜き、迫り来る使徒の大群へと一発放った。前のめりに倒れた死者に後続の数人が巻き込まれていく様を眺めつつ、東は立ち往生している戦車へ視線を落とす。どうやら動かなくなっているようだ。東は短く鼻を鳴らすと、興味が失せたのか、すいっ、と目線をあげる。一階に集結していた多数の使徒が濁った眼球を光らせつつ二階へと駆けあがってきていたが、それよりも、反対にある連絡通路前のバラバラ死体が気になった。あの服には見覚えがある。

 

「小金井の野郎......何を勝手に死んでやがんだよ!」

 

 地団駄を踏みたい気分だ。小金井たった一人の為にここまで乱されている。気に食わなく思うと同時に、東は混乱の最中に現在地を特定した。そして、もう一つ、重大な事柄に至る。自衛官の死体がどこにも見当たらないのだ。

 小金井と自衛官の二人は、東にとって世界にただ一人、唯一の存在を危険に晒す原因を作る切っ掛けになったとも言える人間であり、最も憎むべき相手だ。その内、一人はもう死んでいる。ならば、もう一人はどこだ。一階には、戦車の一撃により、使徒が雪崩れ込んできた。そうなると、一つしかない。東は、天井を見上げ、不埒な笑みを浮かべた。

 

                 ※※※ ※※※

 

 トラックが僅かに跳ね、死者を巻き込みながら着地した。その衝撃は凄まじく乗り込んだ自衛官二人が、ルーフに頭をぶつけるほどだ。後続にいる軽自動車の負担を減らそうとして、若干の無理を強行した結果、車一台分以上の道を切り開く。

 真一は、フロントから銃の先端を突きだして叫んだ。

 

「どけえええええええ!」

 

 トラックの突進と銃撃、割れたフロントから千切れた死者の右腕が飛び込んできた。


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