感染   作:saijya

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第5話

 もう、限界だった。心臓がはち切れる予兆なのか、鼓動を大きく繰り返している。まるで、爆発寸前の爆弾を体内に埋め込まれている気分だ。口から出せればどれだけ良いか。しかし、出るのは悪態か、祈りの言葉ばかりだった。

 神様、お願いします。助けて下さい。今までの行いを全て悔い改めます。だから、無事に帰して下さい。

 自然と戦車の操縦にも力が入る。大地は、夥しい量の汗にまみれた額を拭う余裕もない。その原因とも呼べる男が再び、戦車のハッチを踏みつけた。

 

「ひゃはははは!どこまでいくつもりだよ!ああ!?いい加減諦めろや!」

 

 人間の根源にある恐怖を煽る声音が響く。人類屈指の異常者があげる高笑い、そして、戦車を囲む死者達による地獄の呻吟、それらを聞くだけで気が狂いそうだ。同じく車内にいた新崎が声を荒げる。

 

「落ち着け坂下!恐怖は視野を狭めるぞ!」

 

「もう嫌だ!もう嫌だ!もう嫌だぁ!なんなんだよ!一体、この世界はどうなっちまったんだよ!」

 

「落ち着けと言っているだろうが!死にたくないのなら落ち着け!」

 

 新崎の言葉に、瞋恚に燃える瞳を携えて大地は鋭く振り返る。

 

「全ての元凶はアンタなんだろうが!この糞野郎!死にたくないなら落ち着けだと!なら、アンタがどうにかしてみろよ!」

 

「今、考えている!だから、少し黙れ!」

 

 苛つきから、新崎は頭をかきむしった。なにせ新崎は、車上の男が自衛隊の基地内では敵なしの武闘派だった岩神を軽くあしらっている現場を目の当たりにしている。だからこそ、いずれは、車上の男にハッチを破られるだろうことを見越しておく必要があり、そうなると、戦車内部に籠城するという案は端から選べない。かといって、戦車の下へ潜り込み匍匐全身で這っても、すぐさま死者の大群に、生きたまま身体を貪り尽くされてしまう。なにより、自分達は、事件が始まってからというもの、戦車内部にいたために、外にいた期間が圧倒的に少なく、経験値も低い。温室育ちで世間知らずなお嬢様と変わらない。

 だから、こうも簡単に上を取られてしまい窮地に立たされる。まさに、八方塞がりな状況下におかれ新崎は下唇を噛んだ。

 頼りにしていた岩神は死者に呑まれ、残されたのは、協力関係とは言えない戦車操縦士の大地一人だけ。加えて、険悪なムードに陥っている。

何か、何か手があるはずだ。俺は死ぬわけにはいなかいのだ。振り絞れ、生き残る為の手段を、方法を死ぬ気で考えろ。ここで死んだら全てが水泡に帰す。


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