実際のところ、世界は武器に金を使いすぎる。世界の軍事費八日分、それだけで世界中の子供への教育費一年分に相当する。馬鹿げた話しだと安部は思えてならない。
安部は、あの新聞の切り抜きの内容を今でも、はっきりと思い出せる。そんな子供に、大人が何をした。挙げ句、何故、今も世界では争いが起きているのだ。それは、武器は人を強くするからだ。どんな使い方しようと、結果、命を奪うことになるのが武器なのだろう。
地雷、拳銃、ミサイル、砲弾、爆弾、争いに、いつも巻き込まれるのは子供たちだ。かのキリストも、権力の喪失を危ぶんだヘデロ王に子供の頃に狙われ、キリストがいると考えられる地域に住む二歳以下の子供を皆殺しにするなんて事件に巻き込まれている。大人の勝手な振る舞いに振り回される子供達を見ることが、安部には耐えられなかった。
だからこそ、安部は立ち上がったのだ。
世界は、暗に満ちている。それだけに、明が影に潜んでいる。それを際立たせるのは、いつだって大人だ。右手に銃ではなく、本を持っている。左手には、爆弾ではなく温かい食事がある。たった、それだけで充分なのだ。そう、安部は安部なりの正義感をもって、この九州地方感染事件に向き合っている。
裁きも終わりに近づき始めたのか、新たな獲物を求めて、ノロノロと歩き始めた使徒達がいなくなると、安部はUFOキャッチャーの天板で身体を起こし、あまりの壮観さに唇を三日月に歪めて俯瞰した。使徒になることも出来ないであろう状態の死体が幾つも並んでいる。強引に首を胴体から切り離された者、両手足が四散してしまっている者、と様々だが、南口の出入り口から聴こえた啜り泣く声に、安部は反応した。
スタスタと近付き、シャッターに身体を預けたまま、腹部から露出した臓器を子供の使徒に生きたまま食われている男性がいた。やめてくれ、嫌だ、と細い息のように呟き続けている。死にやすい人間と死ににくい人間とは、二種類に別れているらしいが、どうやらこの男性は後者のようだ。
男性は臓器を引き出しながら一心不乱に貪られており、痛覚が麻痺しているのか、激痛を堪えている様子もない。譫言を繰り返しているだけだろう。安部は、その光景をしばらく悠然と悦に入った表情で眺めていた。
「そうだ、それでいい。大人に縛られる必要などない」
そう囁き、安部は踵を返した。
子供にとって、イカれた世界に復讐を、乱れた世に報復を、私はその手伝いをできれば、それで良い。
「とある国の少女には、夢があった。優しい人になって困ってる人を助けたいと、少女は語った。そんな少女が、身体に爆弾を巻かれ、遠隔操作で人間爆弾として使用される事件があった。これが悲劇じゃなくてなんだというのか。これは、世界の悲劇そのものだ。小さな願いすら叶えられない世の中をどう見詰めれば愛せるのか、今、我々は試されているのかもしれない」
子供を守る。その大義を抱え、安部は靴音を鳴らした。